アラブ人(アラブじん、العرب،عربي)は、おもにアラビア半島や西アジア、北アフリカなどのアラブ諸国に居住し、アラビア語を話し、アラブ文化を受容している人々(池内恵)。「アラビヤ人」の呼称が過去には一般的であったが、アラビア人を意味する英語のarabにさらに「人」をつけ足した「アラブ人」という言い方がオイルショックの頃からか半可通に使われだし、やがて定着したもの。
7世紀にムハンマド(マホメット)によってイスラム教が開かれ、中東北アフリカを中心に勢力を拡大した。
日本においては「中東に住み、イスラム教を信仰する民族」として捉えられ、「アラブ人=イスラム教徒」、「全てのアラブ人はイスラム教徒である」との認識が広まってしまっているが、アラブ人がすべてイスラム教徒というわけではなく、アラブ人の中にはキリスト教徒やユダヤ教徒など他の宗教の信者もいる。逆に中東のすべてのイスラム教徒がアラブ人でもない。中東でもトルコ人やイラン人(ペルシャ人)の多くはイスラム教徒である。
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ムハンマドのイスラム教創始以降、イスラム教の元でイスラム文化は最高潮に達し、イスラム世界では錬金術を原点に各種の科学や数学、哲学が発展し、文学の発展もあった。しかし、1258年、チンギス・ハーンの孫フレグによってアッバース朝が滅ぼされてのち衰退し始め、後にヨーロッパで起きた科学革命や産業革命に後れを取るようになった。
「アラブ人」という概念は人種的存在とは言えない。むしろセム語(アラビア語)という言語を共有する人々としてであったり、聖書に伺えるある人物を始祖とするという共通概念で規定される。アラブ人は旧約聖書に登場するアブラハムが妻サラの女中であるハガルとの間に生ませた長男のイシュマエルを祖とするイシュマエル人の子孫と称し、イサクの子孫であるユダヤ人とは別の民族になったとしている。民族的概念と人種的概念が一致しないという点で、アラブ人とユダヤ人は共通するといえる。最初のアラブ人はアラビア半島の住民であるが、イスラム教の聖典のクルアーンはムハンマドを通じてアラブ人にアラビア語で伝えた神の言葉とされているため、イスラム教の拡大によってベルベル人やエジプト人、そしてメソポタミア人(イラク人)等の近隣の多くの人々が言語的に同化させられ、アラブ人となった。その後、20世紀初頭にオスマン帝国や欧州列強の植民地支配に対する抵抗運動の中で汎アラブ主義が勃興し、アラビア語話者の間に「アラブ人」という民族意識が補強された。
ただしキリスト教徒のアラブ人にはアラブ人としての民族意識は宗派によってばらつきがあり、東方正教会の信者には(パレスチナ難民内にも多くの信者がいる事もあり)有力な汎アラブ主義指導者(ジョージ・ハバシュなどのように一部は「テロリスト」とされる事もあった)が生まれた。
その一方で、レバノンのマロン派の信者は古代フェニキア人の子孫としての民族意識が強く、エジプトのコプト正教会の信者には古代エジプト人としての民族意識が強い。
現在ではシリア人、パレスチナ人、エジプト人、マグリブのアラビア語系住民、はては形質上は黒人である人々を含むスーダンやモーリタニアなどのアラビア語話者。ベルベル系の諸民族やソマリ人など、アラビア語以外の言語を母語とする者までがアラブ人として自己規定する場合もある。ただし、典型的なコーカソイドのアラブ人は、ネグロイドのアラビア語話者をアラブ人と認めないことが多い。
ベドウィンなど遊牧民、砂漠の民のイメージもあるが一面的である。多くの穀倉地帯を抱えた農耕民族でもあり、インド洋を股にした海洋民族でもある。イスラム文化は高度に発達した都市文化の産物でもあった。
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