リンクメーカー| トラック| ヘルプ| ログイン

アン・オブ・ボヘミア

百科事典|ウェブ|画像|動画

アン・オブ・ボヘミア(Anne of Bohemia, 1366年7月11日 - 1394年6月7日)は、神聖ローマ皇帝ボヘミアカール4世と4番目の妃エリーザベトの娘。皇帝・ハンガリー王・ボヘミア王ジギスムントの同母姉。イングランドリチャード2世の最初の妃となった。

父の死後の1382年1月22日ウェストミンスター寺院で成婚した。仲睦まじい夫婦だったが子供をもうけないまま、アンは1394年にペストによって27歳で死去し、ウェストミンスター寺院に葬られた。

リチャード2世はその後、1397年フランスシャルル6世の娘で当時まだ7歳のイザベラと再婚した。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Text is available under GNU Free Documentation License.
アン・オブ・ボヘミアと関連のある記事を表示しています。
リチャード2世 (イングランド王)
リチャード2世(Richard II, 1367年1月6日 - 1400年2月14日)はイングランド王(在位、1377年6月22日 - 1399年9月29日)。
関連2百科事典ウェブ画像動画
カール4世 (神聖ローマ皇帝)
カール4世(Karl IV.,1316年5月14日 - 1378年11月29日)は、ルクセンブルク家神聖ローマ皇帝(在位:1355年 - 1378年)。ボヘミア王カレル1世(Karel I., 在位:1346年 - 1378年)としても知られる。フランス名シャルル(Charles)。皇帝ハインリヒ7世の孫で、父はボヘミアヨハン、母はボヘミアとポーランドヴァーツラフ2世の娘エリシュカルクセンブルク伯でもあった(在位:1346年 - 1353年)。
関連2百科事典ウェブ画像動画
ルクセンブルク家
ルクセンブルク家(ルクセンブルクけ、:Haus Luxemburg, :Maison de Luxembourg, チェコ語:Lucemburkové)は、現在のルクセンブルクを発祥とした中世ヨーロッパの貴族、王家。現在のルクセンブルク大公家であるナッサウ=ヴァイルブルク家(ルクセンブルク家ともいう)と直接のつながりはないが、婚姻関係を通じてはつながりはある(後述)。 ルクセンブルク家と言っても男系が続いたわけではなく、ルクセンブルク=アルデンヌ家(サルム家とも)、ルクセンブルク=ナミュール家、ルクセンブルク=リンブルク家の3家に分けられる。ルクセンブルク家は3家の総称でもあるが、特に神聖ローマ皇帝やボヘミア王を出した最後の家系を指す場合が多い。
関連2百科事典ウェブ画像動画
関連記事をすべてみる
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Text is available under GNU Free Documentation License.
ようこそDIS/MASへ
ログイン | 新規登録
おすすめキーワード
関連ワード
おすすめの作品