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チルコ・マッシモ

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チルコ・マッシモCirco Massimo)は、ローマの古代遺跡で10万人以上収容できたと言われる大競技場である。ラテン語ではキルクス・マクシムスCircus Maximus)と呼ばれ、「キルクス」は「競技場」を意味し「マクシムス」は「最大の」といった意味であった。

アヴェンティーノパラティーノの間にあり、伝承によれば王政期ローマの王でエトルリア系とされるタルクィニウス・プリスクスによって建造されたとされる。その後、カエサルや後のローマ皇帝によって拡大されていった。チルコ・マッシモで最も有名なイベントは、映画『ベンハー』でもおなじみの戦車レースであった。現在は単なる野原となっている。

2006年7月9日に行われたサッカーのワールドカップで優勝したイタリア代表の祝勝会や、ロックバンドなどのコンサートが行われたり、現代でもイベント会場として利用されている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Text is available under GNU Free Documentation License.
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チルコ・マッシモ駅
チルコ・マッシモ (Circo Massimo) は、ローマ地下鉄のB線の駅の一つで、1955年2月10日に落成した。 駅名になったチルコ・マッシモの東端にあり、植民省の庁舎として建てられたFAO事務局の隣である。 駅の出口は上下線で分かれていて、アヴェンティーノ大通りの測道にある。 2002年までは駅の近くにアクスムのオベリスクがあった。
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パラティーノ
パラティーノ(Palatino)、パラティーノの丘は、ローマの七丘のうちの一つ。最も歴史が古いといわれている。古代ローマ時代にはパラティヌスと呼ばれた。 フォロ・ロマーノチルコ・マッシモ(大競技場)の間にある。 古代にはローマ建国の英雄ロムルスレムスがかつて住んだとされ、貴族の邸宅が数多くあり、のちに初代皇帝アウグストゥスを筆頭に歴代の皇帝が独占したため、イタリア語英語宮殿を意味する語の語源となった。
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アヴェンティーノ
アヴェンティーノ(Aventino)は、ローマの七丘の一つで、ローマの起源となった場所である。チルコ・マッシモを挟んだパラティーノの丘の南側、チェリオの丘の南西にある。つまり、テルミニ駅からは最も遠い丘となる。
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