クイズまるごと大集合(-だいしゅうごう)は1987年春から1991年春までTBSで、同系列のテレビ番組・新番組の宣伝を兼ねた期末期首特番として放送された番組対抗の大型クイズ番組である。また、TBSでクイズ番組の司会者を2番組担当していた大橋巨泉(クイズダービー、世界まるごとHOWマッチ)と関口宏(クイズ100人に聞きました、わくわく動物ランド)がメイン司会者で、ビートたけしはサブ司会者であった。オープニングナレーション、賞金賞品の紹介、ルール説明など「クイズ100人に聞きました」の屋根裏アナウンサーである橋本テツヤが務めた。
概要
- 1970年代は「8時だヨ!全員集合」のタイトルをもじった「4月(10月)だヨ!全員集合」と題してザ・ドリフターズをメイン司会・高橋圭三や伊東四朗をサブ司会・出演にJNN系列の番組宣伝番組として放送してきたが、メイン番組である「全員集合」が1985年9月に終了した為、同年10月1日に「春秋のスペシャル決定版 テレビまるごと大集合」として大橋巨泉・関口宏・ビートたけしといったTBSの看板クイズ・バラエティ番組のメイン司会者に加え、「全員集合」の後番組「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」のメイン出演者である加藤茶・志村けんも引き続き参加した。
- 「4月(10月)だヨ!全員集合」は3部構成になっており、1部はせんだみつお・湯原昌幸・小松政夫らが番組に潜入して、コミカルなレポートをするコーナー。2部は『ぴったしカンカン』や『ザ・チャンス!』(ビッグホイール)を出場番組で行うコーナー。3部は『全員集合』名物の「少年少女合唱隊」を全出演者で行うコーナー(「早口言葉」もやった事がある)となっている。又1回だけ、巨泉のコーナー司会で『クイズダービー』もやった事が有る(解答者はレギュラーとは違う)。
- 1987年春にJNN系列の人気番組・新番組の出演者を集めた「クイズまるごと大集合」にリニューアルされ、引き続き大橋巨泉・関口宏の2人のローテーション司会を勤めた(ビートたけしはこの時「フライデー事件」の為謹慎による活動自粛をした為、半年後の番組では巨泉・関口とローテーション司会を務めた)。
- 当時の人気クイズ番組が集結して、参加番組(チーム)に出題した。また、各番組の司会者が他の番組の司会を担当する(自分の番組を担当することもあった)システムであった。タイトルの冒頭には「春(秋)の豪華版スペシャル」と付けていた(1991年春は「クイズまるごと大集合!!春の番組王座決定戦」だった)。
- なお「クイズダービー」に限っては関口・たけしが司会でもオッズは巨泉がやっていた。
- TBSのクイズ番組を集めた特番は1983年10月2日に放送された「タモリのスター対抗クイズ番組大集合」に例があり、本番組の原形と言える。
- 1990年代には日本テレビ系列でも『スーパークイズスペシャル』として本番組の類似企企画を行った。
- 大橋巨泉やビートたけしが『100人に聞きました』の司会をした際、ルールが分からなかったため関口宏によくルールを聞いて教えて貰っていたが、ビートたけしが『HOWマッチ』の司会をした際にルールがわからず大橋に聞くと「お前も(レギュラー解答者なんだから)ルールぐらいわかるだろ」とあっさり言われ、たけしが勝手にルールを変えたこともあった。
- 表彰式プレゼンターはほぼ毎回たけしが務めたが、優勝チーム発表の際、実際には参加していない番組名(あるいは映画名)を発表し、笑いを誘っていた(『あばれはっちゃく』、『笑ってポン!』等。尚、プレゼンターのボケシーンは、『オールスター赤面申告ハプニング大賞』の堺正章へと受け継がれていく)。
- 番組途中には『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』の加藤茶と志村けんのコンビが進行を務める「おもしろCMコンテスト」(後に1989年春より「番組CM大賞」に改題)というコーナーが挿入されており、この番組のために製作された出場番組の宣伝が流されていた。
- 1990年春の回は加トけんは出演せず、巨泉・関口など数名が進行した。また、出場チームのうちCM大賞のみ参加する番組もあった。
- クイズ番組の出題の他にも、独自のコーナーとして「テレホンクイズ」なども行われていた。内容は解答席に一台ずつ電話が置かれ、一問出題ごとに表示された電話番号にかけるというものだったが、その電話番号にかけた視聴者も多かったとのこと(収録番組のためスタジオへは通じない)。
番組の終焉〜オールスター感謝祭へ移行
補足
主な出題クイズ番組
(1990年春から追加された番組)1990年秋はチームが問題を選択できるものだった
司会者
出場チーム及びクイズダービー(決勝戦)の結果
※ CM大賞のみ参加の番組
1987年3月31日放送
出場チーム:不明
決勝戦
1987年9月29日放送
出場チーム:不明
決勝戦
1988年3月29日放送
出場チーム
決勝戦
1988年10月4日放送
出場チーム
決勝戦
1989年3月28日放送
出場チーム
決勝戦
1989年10月3日放送
出場チーム
決勝戦
1990年4月3日放送
出場チーム
決勝戦
- 司会:大橋巨泉
- 解答者
- 1枠:北野大(0勝5敗。7,7,8,6,18)
- 2枠:井森美幸(2勝3敗。8,6,9,7,20)
- 3枠:はらたいら(2勝3敗。2,3,2,3,4)
- 4枠:竹下景子(4勝1敗。3,2,3,2,8)
- 5枠:石坂浩二(1勝4敗。6,6,6,5,14)
1990年10月2日放送
1991年3月26日放送
出場チーム
クイズダービーの結果(決勝戦では無かった)
過去の優勝チーム
(※1)20:00~21:54に「ザ・ロードショー→火曜ロードショー→火曜ビッグシアター」を放送した枠。夜ニュース枠(「ニュース22プライムタイム JNN」→「JNNニュースデスク'88・'89」)は30分繰り下げ
(※2)20:00~21:54の枠のスポンサーが21:00~22:54に「ギミア・ぶれいく」のスポンサー。(実質、1時間繰り上がり)「そこが知りたい」が19:00開始時代は22:00に放送(ローカル番組や他系列番組に差し替えている地域も基本的には同様の措置。番組自体放送休止となった回もある)
エピソード
- 優勝チームの中に1989年10月の「雨よりも優しく」と1990年10月の「男について」は何れも浅野ゆう子が入るチームで、両作品とも金曜ドラマ枠だった。
- 第2回に出場した『おヨビでない奴!』は、番組CMが間に合わなかった。そこで、出演者の所ジョージと植木等が即興でCMを作った。
- 第3回では、上記の通り『世界・ふしぎ発見!』が優勝したが、2位は『テレビ探偵団+クイズ!!ひらめきパスワード』、3位は『わいわいスポーツ塾」となり、すべて板東英二が出演する番組が上位となった(『わいわい』は司会。他はレギュラー解答者)。其の為、3位賞を受賞した時、板東は「本当に力を入れてるのは、『世界・ふしぎ発見!』です!!」と『わいわい』を裏切ってしまう発言をした。
- 第7回では、『ギミア・ぶれいく』の番組CM(内容は『笑ゥせぇるすまん』の喪黒福造が番組を紹介する、オールアニメ作品)が上位入賞した。早速、『ギミア』の出演者でもある巨泉とたけしが来ると、プレゼンターの関口(彼も『ギミア』出演者)が、「藤子不二雄(正確には藤子不二雄A)先生にあげて下さい」と言い、巨泉とたけしは大ムクレだった。
- アニメは1番組とも参加せず、クイズの問題にも出なかった(前身の『4月・10月だョ!全員集合』内の「『ぴったしカンカン』コーナー」では、『ろぼっ子ビートン』から問題が出た事が有った)。しかし賞品としては、第2回の敗者復活戦の敗退チームに、『レディレディ!!』の主人公であるリン・ラッセルの人形がプレゼントされた事が有る。
- 『世界まるごとHOWマッチ』のコーナーでは通常のレギュラー放送と異なり、ホールインワン賞を獲得しても世界一周旅行は獲得できず、代わりに5,000点が加算されるというものであった。ニアピン賞は2,000点加算、正解と2桁以上違う値段を書いてしまえば、ロストボールと見なされて500点減点され、その証明となる「デビル人形」が置かれた。したがって一度獲得したニアピントロフィーは没収されなかった。
- 1990年4月放送回ではホールインワン賞で2000点、ニアピン賞で1000点、ロストボールを出してしまうと500点減点だったが、2問目でたけしのミスで3桁の解答したチームに1000点、事実上のニアピン賞のチームにさらに500点加算された。
- 『クイズダービー』での得点の賭け方は、第7回までは、最終問題を除く問題は通常と同じ様に行い、最終問題はフリップ(上に解答者欄、下に点数欄)に解答者名と賭け点を書いて、一斉に出す方式だった。第8回は、全て筆記&一斉公開方式、第9回は通常と同じだった。
番組の変遷
| TBS系列 改編期のスペシャル番組 |
| 前番組 |
番組名 |
次番組 |
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春秋のスペシャル決定版・テレビまるごと大集合
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クイズまるごと大集合
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関連項目
- 4・10月だヨ!全員集合(この番組と同様に改編期に放送された特別番組)
- オールスター感謝祭(この番組の後を継いでに改編期に放送されている特別番組)
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