タカアンドトシは吉本興業所属ののお笑いコンビ。
吉本興業札幌事務所(札幌吉本)からデビュー。札幌で活動した後、2002年に上京し、吉本興業東京本社(東京吉本、厳密には子会社のよしもとクリエイティブ・エージェンシー)へ所属。共に北海道出身。
メンバー
- ボケ担当。ライオンの絵柄の服を着ている。身長175cm、体重92kg 。北海道札幌市出身。
- ツッコミ担当。坊主頭。身長176cm、体重62kg。北海道旭川市出身。
経歴
- 1990年 - 中学2年生の時にコンビを結成。学園祭で漫才を披露する。当時のネタは「今何時?」「ゴジラ!」など、中学生らしいものだった。
- 1992年 - 別々の高校へ進学。タカは北海高等学校、トシは北海道札幌南陵高等学校へそれぞれ入学。
- 1994年5月 - 高校3年生の時に、吉本興業札幌事務所主催のオーディション番組「トミーズのよしもとのもと」を受けるが落選。ネタは「レスキュー隊隊員」、太平サブローなどが審査員を務めた。同時期に、札幌吉本主催の素人勝ち抜き型お笑いライブ「吉本特選 空飛ぶイクラ SPECIAL」にも参加。
- 1994年12月 - 12月24日放送分で、オーディションに合格。同収録にてアップダウン(当時高校2年)も合格。
- 1995年4月 - 高校卒業後、吉本興業札幌事務所に入りプロとして活動を始める。札幌吉本の1期生となる。芸歴は、大阪NSC13期生(次長課長など)とほぼ同期にあたる。同時期に笑ハンティングらと共に、地方ローカル深夜番組にてコントなどを披露
- 1998年 - 吉本興業所属の若手お笑いコンビ4組からなるお笑いユニットnews(ニューズ)に後輩のアップダウンが選ばれ、東京進出を先に越される。
- 2001年6月 - 占い師に画数が悪いと言われ、コンビ名を「タカ&トシ」から「タカアンドトシ」に改名。
- 2002年4月 - 活動の拠点を、札幌から東京に移す。
- 2004年 - 島田紳助に可愛がられるようになり、クイズ!ヘキサゴンの前説をやっていた。後番組のクイズ!ヘキサゴンIIにも、2007年5月頃まで出演していた。
- 2005年 - この頃より「笑いの金メダル」などで「欧米か!」などのツッコミで知られるようになり、人気を得る。「欧米か!」のフレーズの由来は漫才のツッコミの台詞からであり、「高校の旧友と再会」という漫才の中でトシが「欧米か!」と頻繁にツッコむパターンがフィーチャーされたことから。
- 2006年10月 - 東京進出後の初冠番組ラジオ番組「火曜JUNK2 タカアンドトシのケチャケチャラジオ」が放送開始。(TBSラジオより全国ネット放送)。
- 2007年 - サッカーアース(日本テレビ)でのキー局で初メインMCを務める。
- 2007年 - テレビにおける初の冠番組「タカアンドトシの音楽魂か!」(東海テレビ放送)、「タカアンドトシのどぉーだ!」(北海道文化放送)が4月-9月に放送された。
受賞歴
芸風
- ネタはタカが大部分を作り、その台本のツッコミの部分をトシが細かく変えていく、という作り方をしている。
- 当初は、普通の掛け合い漫才だったが、タカのボケに対し、トシが連続で「○○か!」(欧米か!が有名)と突っ込みながらタカの頭を叩くパターンを生み出した(通称「○○か!漫才」)。これは、もともとタカはネタの台本をツッコミの部分は細かく作らず、その部分はトシが手直しをしていた。そういったときに、タカの書いた台本のツッコミが一部分すべて「○○か!」と書かれていた。それをトシが舞台で使ってみたところ、先輩などから高評価だったためである[1]。
- また中盤から終盤まではモジったツッコミボケをする(「子供か!」のツッコミに対して「衣か!」や「児玉か!」「コモドか!」など)。この形式でのネタを作る際は、ツッコミのフレーズ(「○○か!」の○○の部分)を先に作ってから、それに合ったボケを付けるという形をとっている。
- テレビで披露する漫才の他にも、単独ライブなどではコントも披露する。
- 2006年6月の漫才ツアーでは「ナルシスト漫才」「噛んだら終わり漫才」なども披露。
- ブレイク当初は雛壇芸人としての出演が多かったが、2007年頃からは司会もこなすようになり、活動の場を広げている。
エピソード
- タカは、とんねるずがお笑い芸人を目指すきっかけとなっているが、「とんねるず」がグループ名に「ん」が付いているので、「自分たちも『ん』が付くグループ名にしたい。」と思い、「タカアンドトシ」(最初は「タカ&トシ」)というグループ名にした[2]。またデビュー当初は「カタカナの二人組」で「名前の間に&(アンド)がつく」ことから、先輩芸人であるテツandトモと混同されることが多かった。地方では未だに間違われることをトーク番組などでネタにすることがある。
- 2人の結成は、中学校2年生の時。タカがトシを相方に選んだ理由は、「トシが「面白い」と思うところが、自分と一緒だったから」。また、学生時代はタカの実家の和室で、タカの両親の前でネタを披露していた[2]。
- 1999年3月、まだ北海道でしか知名度が無かった当時、HBCラジオの24時間に及ぶ長時間特番のゲストパーソナリティとして共演した伊集院光に、打ち上げで2人が「どうやったら毎週面白いトークができるのか」と質問した。しかし、答えに窮した伊集院は「非日常を日常にしろ。例えば1日ステッキを振り回しながら生活しろ」と適当に答えたところ、2人は真剣に納得してしまって大変困った、と「伊集院光 深夜の馬鹿力」で伊集院は告白している。
- タカがよく着ている服のライオンの絵柄は、坊主頭のトシのインパクトに負けないよう、何か可愛いものをと探していたところ、公園の遊具のライオンを見て「これだ!」と直感して写真に収め、デザイナーにお願いしてデザインしたものとの事。
- 2006年10月に発売したDVDの「タカアンドトシ新作単独ライブ タカトシ寄席 欧米ツアー2006」が10万枚以上のセールスを記録。番組をまとめたもの(ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!など)以外では2005年2月に発売したアンガールズの「アンガールズ 単独LIVE 〜88〜」4万超え以来の快挙。
- 最近は、タカのつく嘘もネタになってきている(島田紳助にロシア人っぽいと言われ、お父さんがロシア人、と返すなど。直後にトシが「欧米か!」と突っ込む)。その嘘は特徴があり、実際にあったかのような嘘である。
- 「いきなり!黄金伝説。」(テレビ朝日系)でのカラオケで100点を目指すというコーナーにタカアンドトシが挑戦したところ、周囲の予想に反して最終的に100点をとったのはタカではなく森山直太朗の「さくら」を歌ったトシで、同曲を14回も歌ってやっとのことだった。
- 2007年1月5日放送の『志村けんのバカ殿様』でゲストとして登場し、志村けんからちょんまげのカチューシャを渡された後のコントで、トシは1回の「欧米か」でタカのちょんまげカチューシャを壊してしまった。
- 志村けんのコント番組に出る際は、まず自分達のネタを披露してから志村とのコントに入る流れになっている。
- 後輩に先に東京進出されたため、タカは一時期かなりグレる。その頃の風貌は短髪にヒゲでなおかつスレンダー、とかなりワルっぽかった。髪はソフトモヒカン風や左右サイドを別の色に染めるなど、かなり奇抜なものだった。今の姿とはまるで別人で、トシが「相方変えた?」と聞かれる。
- 同級生と言うこともあり、コンビ愛も深く、「Qさま!」の解散ドッキリでトシが「休業したい」と言った時も、タカは涙ながらに「俺はお前とじゃないと出来ないから」と言った。トシは同番組の最後で「(タカが自分とじゃないと漫才出来ないと言った事に)感動した」と言う発言をしている。
- 30歳を過ぎ、健康にも気遣う様になったのか、人間ドックに行き、普段酒の飲み過ぎで体は大丈夫なのかと聞いた所、異常は無しだったが、頭(脳)は小学生ボクサーに殴られた位の衝撃(ダメージ)があると言われた。
- 「欧米か」は”頭を叩く”という理由で流行語大賞の候補から外された。
交友関係・他の芸人との関係
- 先輩として次長課長の河本準一を慕っているが、実はほぼ同期である(年齢は1つ下)。しかし、同じく同期のスピードワゴンにはしっかりとタメ口で話す。長州小力に至っては、初対面から後輩扱いして以来、実は先輩と判明した後も「今さら変えられない」という理由で、後輩扱いのままである。
- 「ワイ!ワイ!ワイ!」の火曜日担当MCを務めた際、同じく北海道出身の平成ノブシコブシがアシスタントを務めた。
- 同時期にブレイクし、M-1グランプリで共に優勝を狙った南海キャンディーズとは、よきライバルでもあり、公私に渡り仲が良い。笑っていいとも!で2007年10月から、南海キャンディーズに代わり、火曜日にレギュラーで出演している。
- 札幌吉本出身であるためか、福岡吉本出身の博多華丸・大吉と比較される。
- 両者共、吉本興業の地方事務所の1期生であり、看板タレントだった。タカアンドトシは吉本興業札幌事務所開設時のオーディションを経て、1994年に1期生としてデビューし、やがて札幌吉本を担う主力芸人となった。華丸・大吉も、吉本興業福岡事務所開設時のオーディションにより、1990年に1期生としてデビューし、瞬く間に福岡吉本を代表する売れっ子芸人となった。因みに両者共、吉本入りする際に1回目のオーディションで落選している。
- 両者共、同期や後輩が先に東京進出を果たす中、近年満を期して上京し、2006年前後から全国区でブレークした。タカアンドトシは、後輩のBコース、アップダウンらが次々と東京に進出する中、2001年にようやく活躍の場を東京に移し、2006年前後から「欧米か!」のツッコミで、全国区でブレークした。華丸・大吉も東京進出でもカンニング竹山やヒロシに先を越されたが、2005年にようやく上京し、とりわけ華丸が児玉清のモノマネを武器に、2005年にとんねるずのみなさんのおかげでした内のコーナー、博士と助手〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜で優勝したことや、2006年の『R-1ぐらんぷり』で優勝したことにより、コンビ揃ってテレビに出る機会も爆発的に増え、一躍全国区の人気者となった。
- 両者共、ツッコミ役に交際歴の長い彼女が存在する。タカアンドトシのトシには2007年2月現在で交際歴13年の彼女がおり、写真誌でも熱愛ぶりが報じられた。華丸・大吉の大吉も、交際歴11年になる彼女がいることを2007年1月のテレビ番組出演時に明らかにした。大吉は2007年11月18日に結婚した。
爆笑オンエアバトル
- 2001年に、爆笑オンエアバトルの札幌収録で初出場するまで、全国ネットの番組での仕事は殆ど無かった。後に上京するきっかけになった番組、と話している。
- 2001年の初出場時は4位(その時トシは金髪だった)。その後は4回連続5位と綱渡りの状態だったが、第6戦以降からキロバトルが上昇(ちなみに、それ以降タカは髭を剃って出場している)。第11戦以降は1位が定位置と言えるほどまでになり(第17戦のみ2位で、1位はキャン×キャン)、第13戦から現在まで6連続オーバー500の記録も保持している。さらに、番組最多連勝の18連勝の記録も打ち立てている(後に流れ星とタイムマシーン3号が20連勝で更新)。チャンピオン大会ではルート33に続く史上2組目の大会連覇を達成(後にトータルテンボスも記録)。これらの戦績により、番組内では「史上最強のチャンピオン」と紹介されていた。
- 第9回チャンピオン大会では、「○○か!」を強調しない正統派漫才を披露したが、番組史上初の3連覇の偉業達成は成らず、後輩のNON STYLEにその座を譲り渡した。結果発表後は大きな拍手で新チャンピオンを祝福していたタカだが、チャンピオンベルトとトロフィーの授与が終わる頃にはうつむき涙を流していた。収録後の楽屋にてタカは「思い残す事は何一つ無いし、やるべき事も全て遣り切った!」と力強く語り、トシも「オンエアバトルには非常にお世話になりました。今後も活きのいい若手を輩出してください。僕らも負けませんよ!」と番組への感謝を述べた。
- 2007年8月17日放送の夏特番『オンエアバトルデラックス!「タカアンドトシの言葉か!」』で司会を務め、コーナーの進行や加賀美幸子との対談をこなした。爆笑オンエアバトルの番外放送とは言え、タイトルに特定の芸人名が記されるのは番組史上初。
- 正月には、『オンエアバトルデラックス!「タカアンドトシの正月か!」』が放送された。
出演番組
テレビ
レギュラー
- SUPER SURPRISE(日本テレビ)
- お試しかっ! (テレビ朝日)
- 笑っていいとも!(フジテレビ)
- 地元応援バラエティ このへん!!トラベラー(北海道テレビ)
- フットンダ(中京テレビ)
- いきなり!黄金伝説。(テレビ朝日)
- 2007年4月5日放送の「一週間でせんべい1000枚を食べきる」という伝説にチャレンジし見事達成した。最後の1枚は芸人生活を振り返りながら食べていたが、それまでの苦労や、その挑戦に対する辛さもあったためか、タカは食べながら号泣していた。
- ゲーム&クイズバラエティ ペケ×ポン(フジテレビ)
- 月刊サッカーアース(日本テレビ)毎月第4金曜日
- 天才!志村どうぶつ園(日本テレビ)
- 少年タカトシ(BSジャパン、2009年1月10日 - )
- 笑っていいとも!増刊号(フジテレビ)
- どぉーだ!Presents タカトシ牧場(北海道文化放送)
- となりのマエストロ(毎日放送)
不定期出演
- 2007年3月1日放送のタイでの海外ロケの際にタカがロケの集合時間に約2分遅れてしまったため出川哲朗が「ドッキリしましょうか」と提案し、タカが前夜、とんねるずの石橋貴明から許可を得た上でドンペリを部屋に持って帰ってしまった事を根に持つという伏線もあり、石橋がタカに激怒するドッキリを敢行。怒られたタカは一生懸命謝ったが聞いてもらえず、石橋が出川を殴ったりテーブルを蹴飛ばすなど怒りが収まらないまま時間が過ぎた。これは演技であり、実際は久々のドッキリ敢行ということもあって、終始上機嫌だった。しばらくしてから謝りに行った後、石橋がトシに突っ込まれネタばらしをし本人はようやくドッキリと知るが、緊張の糸が切れたタカは号泣してしまった。なおこのドッキリは突発的なもので、2人のマネージャーもドッキリと知らずに本気で謝っていた。ネタバラシ後に出川は「こんな大掛かりになるとは夢にも思わなくて」と釈明している。
- 不定期 タカトシ&温水が行く小さな旅シリーズ(フジテレビ)
- タカトシ&温水が行く井の頭線小さな旅(2008年3月8日)
- タカトシ&温水のゆりかもめ沿線小さな旅(2008年8月2日)
- タカトシ&温水が行く池上線小さな旅(2008年12月28日)
- タカトシ・温水が行く荒川線ウマい店食べまくりの旅(2009年5月9日)
- タカトシ温水の世田谷線路地裏食べまくり旅(2009年12月27日)
- 不定期 世界びっくり旅行社(NHK総合)
- 春の大型連休スペシャル(2009年5月5日)
- ポイ捨てをビデオカメラで撮影して報告すれば奨励金がもらえる制度がある台北に行った際に、撮影に挑戦し、2件の撮影に成功した。ただし、奨励金をもらえるのは労働ビザか在留資格を持っているものに限られており、2人は観光ビザだったため、奨励金はもらえなかった。
- 夏休みスペシャル(2009年8月11日)
- 冬の特別営業スペシャル(2009年12月21日)
- 期首特別番組爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル(フジテレビ)
過去の出演番組
テレビ
- NHK発の話題曲『おしりかじり虫』を紹介するコーナーに出演。年明けの2008年1月1日から3日にかけてもNHKに多く出演した。また、第54回NHK紅白歌合戦では、テツandトモ・はなわの曲中に出演した。
- 再三タカが遅刻して話題となる。同じく番組を遅刻したザ・たっちや宮崎宣子アナに「遅刻すなよ!」と良くギャグを飛ばしている。
- 2008年10月11日の放送は、トシが寝坊で遅刻。最後まで出ることはなかった。毎回、番組最後に2人でやる一言漫才では、タカが1人でボケとツッコミをやった。
ラジオ
映画
出演CM
DVD
- 「タカアンドトシ単独ライブ in 日本青年館 勝手にM-1グランプリ」(2009年9月9日)
- 2009年5月2日・3日に行われた、本家M-1の雰囲気をコント形式のパロディで再現した単独ライブの模様を収録(DVDは5月3日分)。決勝進出した架空の漫才コンビ8+1組を全てタカアンドトシが演じ分けている(本家「タカアンドトシ」も設定上エントリーしている)。司会はあべこうじ。なおタカアンドトシは本家M-1グランプリ2004決勝にラストイヤーで出場し、4位に終わっている。なお、この5月3日分公演については当日WOWOWで生中継された[3]。
- 「タカアンドトシ新作単独ライブ タカトシ寄席 欧米ツアー2006」(2006年10月25日)
- 2006年6月に6都市(6月3日:札幌、4日:広島、10日:福岡、11日:名古屋、24日:大阪、6月25日東京)で行われた単独ライブツアーの模様を収録(DVDは6月25日東京ファイナル公演分)。最終的に10万枚以上のセールスを記録した。
- 「新宿南口連続殺人事件」
- 「月刊DVDよしもと本物流」Vol. 8(2006年2月号青版)
- 「M-1グランプリ2004」
- 「M-1グランプリへの道 起の1」
- 「M-1グランプリへの道 転の2」
- 「漫服」
- 「タカトシ・くりぃむのペケ×ポン」
- 「爆笑オンエアバトル タカアンドトシ」
著書
- +メガネ 01(キッズレーベル、2006年11月)
- タカアンドトシ 本音か!!(ワニブックス、2007年8月9日)
脚注
外部リンク
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M-1グランプリ2004 ファイナリスト |
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| 優勝 |
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| 最終決戦進出 |
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| 1stラウンド敗退 |
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