MR2(エムアールツー)は、トヨタ自動車が生産していた1600cc及び2000ccクラスのミッドシップスポーツカーである。後継車はMR-S。ミッドシップリアドライブ(MR)車として有名であるが、初代、2代目共に前輪駆動車(FF車)を逆さまにする手法で作られた為に、純粋なミッドシップとは言えず、エンジンは後輪の上とかなりリア寄りで前後の重量配分も後部が重くなっている。また、前輪駆動車同様にトランスミッションがエンジンの下に位置するので、エンジンの位置が高く、重心が高い。サスペンションもまた前輪駆動車のフロントサスペンションに多いストラット式サスペンションがリア側にも採用されており、スポーツカーには珍しく、前後ともにストラット式となっている。
目次 |
| トヨタ・MR2(初代) AW1#型 |
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|---|---|
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前期型(1984年6月 - 1986年8月)
後期型(1986年8月 - 1989年9月)
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| 乗車定員 | 2人 |
| エンジン | 1984年4月-1986年8月 4A-GELU型 1.6L 直4 130ps 3A-LU型 1.5L 直4 83ps 1986年8月-1989年9月 4A-GZE型 1.6L 直4 スーパーチャージャー 145ps 4A-GELU型 1.6L 直4 130ps→120ps 3A-LU型 1.5L 直4 83ps |
| 変速機 | 4速AT / 5速MT |
| 駆動方式 | MR |
| サスペンション | ストラット式 |
| 全長 | 3,950mm |
| 全幅 | 1,665mm |
| 全高 | 1,250mm |
| ホイールベース | 2,320mm |
| 車両重量 | 960-1,120kg |
| 最小回転半径 | 4.8m |
| -自動車のスペック表- | |
1983年の東京モーターショーで発表された試作車SV-3をもとに、リアスポイラーの形状変更、デジタルメーター、Tバールーフの非装備など若干の仕様変更の後、1984年6月に日本車初のミッドシップエンジン型市販車として販売された。製造はセントラル自動車。1984年度の日本カーオブザイヤー受賞車である。
安価で量産性を高めるため、足回りとエンジン、ミッションは既存の前輪駆動車(E80型カローラ)を流用し生産された。同様な成り立ちのイタリア・フィアット社のX1/9やアメリカ・ゼネラルモーターズ社のポンティアック・フィエロを参考にしたとの話や、開発時期が英国ロータス社と技術提携していたことから、一部ではロータス社が設計した車両をトヨタが再設計してコストダウンしたものとの説もある(ただしロータスの関与についての確認はヨーロッパでの実走テストにテストドライバーが参加したことのみ)。
1986年にはマイナーチェンジを行い、スーパーチャージャーやTバールーフの装備車が設定された。 AW型おいては全グレードにパワーステアリングの設定はされなかった。
生産終了から年数が経つが、中古車相場ではまだ取引されることも多く、トヨタからの部品供給も(加工や流用などで対応できる部品を除いて)現時点では問題なく行われている。
Sは3A-LU型1500ccエンジン、G、G-Limitedは4A-GELU型1600ccエンジンをそれぞれ搭載。Sのみ型式名がAW10、GとG-LtdはAW11。GおよびG-Ltdには、Tバールーフ装着車及びスーパーチャージャー装着車(4A-GZE型1600ccエンジン搭載)を設定。
1984年-1985年日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞。
限定(特別仕様)車として、1985年にG-Limitedをベースに「ホワイトランナー(WHITE RUNNER)」、「1600Gスポーツパッケージ(前期のみ)」、1986年にGスポーツパッケージをベースに「ブラックリミテッド」(前期ベース)が設定された。なお、「ホワイトランナー」は300台の限定生産とされている。「ブラックリミテッド」にはリアスタビライザーが装備されている。(形状、線径が後の「ADパッケージ」仕様車に取り付けられているものとは異なる。)
後期モデルのスーパーチャージャー車には、スプリング・ショックアブソーバーでサスペンション特性を変更し、リアスタビライザー、回転方向指定タイヤのブリヂストンPOTENZA RE71等の装備を加えた「ADパッケージ仕様車」が設定されていた。 なお「ADパッケージ仕様車」以外のモデルにはリアスタビライザーの設定がない。
1980年代中盤、トヨタはWRCのグループBにTA64型セリカツインカムターボで参戦していたが、FRのセリカでは4WD車の戦力を前に歯が立たなくなってきた。そこでトヨタは、セリカの後継となる4WDラリーカーの開発に着手した。車体はこのAW11型をベースとし、3S-GTEを搭載して駆動方式を4WD化したもので、開発コードは222Dであった。1985年、グループBを更に先鋭化させたグループSの立ち上げが決定し、222Dの参戦対象カテゴリーもグループSに変更された。実際に試作車が何台か製作されたが、1986年のヘンリ・トイヴォネンの事故死を切っ掛けにグループBの廃止が決定。同時にグループSも消滅したため、参戦は実現しなかった。
| トヨタ・MR2(2代目) SW20型 |
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|---|---|
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前期型ホイールは社外品(1989年10月 - 1993年10月)
後期型ホイールは社外品(1993年10月 - 1999年10月)
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| 乗車定員 | 2名 |
| ボディタイプ | 2ドアクーペ |
| エンジン | 直列4気筒2.0L 3S-GTE 225ps→245ps 3S-GE MT180ps AT170ps→200ps |
| 変速機 | 4速AT / 5速MT |
| 駆動方式 | MR |
| サスペンション | ストラット式 |
| 全長 | 4,170mm |
| 全幅 | 1,695mm |
| 全高 | 1,240mm |
| ホイールベース | 2,400mm |
| 車両重量 | 1,210-1,270kg |
| 最小回転半径 | 4.9m |
| 後継 | MR-S |
| -自動車のスペック表- | |
1989年10月、初のモデルチェンジを行いW20型(E-SW20)に(通称I型)。
W10型のMR2はカローラ/スプリンターベースであるのに対し、W20型はセリカ/コロナ/カリーナベースとなった。エンジンもセリカと同じ直列4気筒の2000ccにターボチャージャーを追加した3S-GTE型と、そのノンターボ版となるスポーツツインカムの3S-GE型が搭載された。また当時世界初の試みとして、ステアリングの切れ角に応じて光軸が左右に可動する、ステアリング連動フォグランプ(黄色)がGTに装備された。しかし大幅に増加した車重やエンジンパワーに対し、足回りとブレーキの貧弱さは否めず、前輪接地圧不足から来るハンドリングレスポンスの悪さ、オプションにもLSDが設定されない等、スポーツ走行時における数々の問題点を指摘された。また、W10型から比較すると価格も上がり、手ごろ感が減少したことから上記の件を合せて、販売当初は多くの自動車評論家から酷評を受けた。
1991年に最初のマイナーチェンジ(通称II型)。
このマイナーチェンジでは足回りを中心に見直しが行われた。主な変更点としては、大径化と低扁平化によるタイヤ性能の向上(14インチ→15インチ)、ブレーキの強化および冷却用ダクトの追加、フロントサスペンションのストローク量増加とスタビライザーの大型化、ホイール及びステアリングのデザイン変更、シフトストロークのショート化、各アーム類の補強等が挙げられる。また上位グレードのGT系へはLSD標準装備、ビルシュタイン製ショックアブソーバー、2速へのトリプルコーンシンクロの採用等も追加に加え、高速走行時のフロント浮き上がり防止対策としてフロントリップスポイラーを大型化した。また、この2型からGTグレードから一部装備を省いた「GT-S」がラインアップに加わっている。なお、このII型からフォグランプの色が、黄色から白に変更された。
1993年11月、2度目のマイナーチェンジ(通称III型)。
先にフルモデルチェンジしたセリカ(ST202、ST205系)同様、カルマン式エアフロメーターがDジェトロ方式へ変更。燃料ポンプの大型化、ターボチャージャーの改良とインタークーラーの変更、オイルエレメント取付位置の変更とそれに伴う容量増加等、エンジンを中心とした動力系の強化がなされた。これらによりターボモデルのGT系は最高出力が225psから245psへ向上した。[1] なおNAエンジン搭載のG系も165psからAT:170ps/MT:180psへと向上している。ABSには、新たにスポーツABSが採用された。また、ストラットタワー部に金属プレートを入れるなどの補強が行なわれ、ボディ剛性がより向上している。外観は、リアスポイラーやリアコンビネーションランプのデザインを変更。サイドモールとフロントリップスポイラーおよびサイドシル下部がボディ同色塗装された。これらの変更によってⅡ型以前のモデルとは外観からも区別できる。だがこの頃からスポーツカー需要の低下や実用性の悪さなどMR2を取り巻く様々な要因が災いして販売台数が低下。それに伴い、このマイナーチェンジを機に注文生産車となった。またIII型では、MR2の生誕10周年を記念して特別仕様車「ビルシュタイン・パッケージ」を発売。G系を基に、専用ボディカラーである「シルバーメタリック」を設定し、ターボのGT系が採用するビルシュタイン製ショックアブソーバーとハイグリップタイヤ、専用アルミスカッフプレートなどが装備されている。
1996年、一部改良(通称IV型)。
メカニズム面ではスポーツABSの構造変更(4輪を個々に制御する4チャンネル式へ変更)やトラクションコントロールシステムを変更。外観はガラス部がブロンズからグリーンへと変更、フロントのサイドターンランプの移設、クリアランスランプの白色化、ホイールの切削鏡面加工やボディカラーの一部差し替えられた。また、SRSエアバッグが運転席・助手席ともに標準装備になった。
1997年、最終的な一部改良(通称V型)。
スポーツABSを再度構造変更(軽量化のため、4チャンネル式から3チャンネル式へ)、軽量ホイールに変更。NAエンジン搭載のG系は、3S-GEの最終進化型である「BEAMS」仕様の3S-GE(通称:赤ヘッド)へと換装。新たに排気側にVVT-iを採用し、給排気系も新たにチューニングされ、同型エンジンを積むST202系セリカと同じく200PSを発生。新たに、タイヤハウスの下部前面にエアスパッツを追加。リアスポイラーを大型の可変型タイプに変更し、空力面での改良を行う。内装がシート、エアバッグの小型化、ステアリングやシフトノブの変更、メーターの目盛りも赤色化。
1999年、後継モデルとなるMR-Sの登場に伴い、生産終了。
同一型式のモデルが10年に渡って発売された例はトヨタ車では少ない(他にZ30系ソアラなど)。
バリエーションとして、トヨタテクノクラフトが企画・制作したオープンモデルMRスパイダーがあり、100台ほどが限定発売された。なお、ATは自然吸気エンジン搭載モデルのみに設定されており、ターボモデルは5MTのみだった。また、W10型後期型から採用されたTバールーフは、W20型は初期モデルから最終モデルまで廃止されること無く全グレードで設定されていた。
GT、GT-Sは3S-GTE型エンジン、G-Limited、Gは3S-GE型エンジンをそれぞれ搭載。
「Midship Runabout 2seater」ミッドシップ・ランアバウト(ラナバウト)・2シーター(ツーシーター)の頭文字から創作された造語。エムアールツーと読む。
正式名称はMR2であり、俗に知られるMR-2とハイフンは入らない。ただし、後年販売の後継車のMR-Sには車名にハイフンが含まれる。
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