| ビジャレアルCF | |||
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| 原語表記 | Villarreal Club de Fútbol | ||
| 愛称 | El Submarino Amarillo(Yellow Submarine) | ||
| クラブカラー | 黄 | ||
| 創設年 | 1923年 | ||
| 所属リーグ | リーガ・エスパニョーラ | ||
| 所属ディビジョン | プリメーラ・ディビシオン | ||
| ホームタウン | ビジャレアル | ||
| ホームスタジアム | エル・マドリガル | ||
| 収容人数 | 23,000 | ||
| 代表者 | フェルナンド・ロイグ・アルフォンソ | ||
| 監督 | エルネスト・バルベルデ | ||
| 公式サイト | 公式サイト | ||
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ビジャレアルCF(Villarreal Club de Fútbol) は、スペイン・バレンシア近郊の小都市ビジャレアル(バレンシア州カステジョン県)に本拠地を置くサッカークラブチーム。現在はリーガ・エスパニョーラのプリメーラ・ディビシオンに所属している。
ビジャレアルとはスペイン語で「王の町」という意味であり、その名の通りチームのエンブレムには王冠があしらわれている。ただし、この場合の王とはアラゴン王国の王を指し、現在のスペイン王室ではない。そのため王冠のデザインも他のレアルを冠するチームのものとは異なっている[1]。
ユニフォームカラーの黄色から、ビートルズの有名曲にちなんでイエローサブマリンあるいはサブマリンズの愛称を持つ[2]。この愛称は1967年から用いられている。なお、ホームスタジアムのエル・マドリガルの屋根も黄色に塗られている。創立初期の頃のチームカラーは黒であり、現在の黄と青に変更されたのは第二次世界大戦後の1946年のことである。アンダルシア州のクラブ、カディスCFもイエローサブマリンという愛称を持ち、どちらが本当のイエローサブマリンであるかがしばしば話題にのぼる。
同じバレンシア州のバレンシアを本拠地とするバレンシアCFとの試合は、近年一種のダービーの様相を呈し、盛り上がりを見せる。
目次 |
1923年6月17日、クラブの初試合が行われた。同年10月にはホームスタジアムが竣工し、これをもってビジャレアルCFの創立とする。1925年、スタジアムはエル・マドリガルと命名された。 70年代から90年代初頭にかけてセグンダ・ディビシオンとセグンダ・ディビシオンBを行き来していたが、1997年のフェルナンド・ロイグ会長就任がクラブの大きな転機になった。就任会見で「3年以内に1部に昇格し、いずれはチャンピオンズリーグに出場する」と公約し、そのシーズンを4位で終えたビジャレアルはクラブ史上初めてプリメーラ・ディビシオン昇格を果たした。1998-99シーズンは18位に終わって降格するが、2000-01シーズンに再昇格して以降は、現在に至るまでプリメーラにとどまり続けている。2000年に就任したビクトル・ムニョス監督は選手に攻撃精神を植えつけた。ディフェンスラインは高く保ち、前線からのプレッシングとオフサイドトラップを駆使し、ボールを奪ったらカウンターに転じた。昇格クラブながら7位に入り、UEFAカップまであと一歩の位置にたどり着いた。
南米選手を中心に積極的な補強を敢行し、2003-04シーズンにバルセロナからフアン・ロマン・リケルメを獲得[3]。以降は、彼を中心としたチーム作りを推進した。インタートトカップで初優勝すると、シーズン途中には南米の知将マヌエル・ペジェグリーニを招聘。その後のUEFAカップではASローマやセルティックに勝利するなど、ベスト4に進出(ライバルのバレンシアに敗れて敗退)する。2004-05シーズンはリーグ戦を3位で終え、UEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得。新戦力のディエゴ・フォルランがリーグ得点王に輝いた[4]。
2005-06シーズンはリケルメの完全移籍が決まり[5]、UEFAチャンピオンズリーグで快進撃を見せる。予備戦でイングランドのエバートンに快勝して本戦出場を決める[6]と、マンチェスター・ユナイテッド、ベンフィカといったCL常連クラブの居並ぶグループリーグを1位で通過[7]、トーナメントに入るとレンジャーズ[8]、インテルを連破した[9]。準決勝ではアーセナルを相手に、DF陣の怪我人続出、第1戦での審判によるPKの見逃し、第2戦終了間際の同点のチャンスとなったPKをリケルメが決めきれない等の不運もあって0-1で競り負けた[10]が、初出場にしてベスト4まで勝ち上がる大旋風を巻き起こした。2006-07シーズンはリケルメと首脳陣の対立による混乱によって成績も低迷するが、脱リケルメを図った[11]シーズン後半からは復調。クラブ新記録となる8連勝を記録し5位でシーズンを終えた。2007-08シーズンは序盤戦で暫定ながら首位に立つなど[12]好調を維持し、最終的にはバルセロナ等を押さえて2位となり、2008-09シーズンのCL出場権を獲得した。2008-09シーズンはCLの決勝トーナメント1回戦でパナシナイコスを破るが、準々決勝でアーセナルに破れ[13]、ベスト8となった。リーグ戦は5位で終えた[14]。
なお、スペインサッカー史上初の女性監督としてヨーロッパサッカー界に話題を呼んだ日本人女性・佐伯夕利子が2008年より育成部スタッフとして就任している[15]。
なし
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| シーズン | リーグ | コパ・デル・レイ | 国際大会 | |
|---|---|---|---|---|
| 1996-97 | 2部 | 10位 | 3回戦敗退 | |
| 1997-98 | 2部 | 4位 | 1回戦敗退 | |
| 1998-99 | 1部 | 18位 | ベスト16 | |
| 1999-00 | 2部 | 3位 | ベスト16 | |
| 2000-01 | 1部 | 7位 | 2回戦敗退 | |
| 2001-02 | 1部 | 15位 | ベスト8 | |
| 2002-03 | 1部 | 15位 | 1回戦敗退 | |
| 2003-04 | 1部 | 8位 | ベスト16 | UEFAカップ ベスト4 |
| 2004-05 | 1部 | 3位 | 3回戦敗退 | UEFAカップ ベスト8 |
| 2005-06 | 1部 | 7位 | ベスト16 | CL ベスト4 |
| 2006-07 | 1部 | 5位 | ベスト16 | |
| 2007-08 | 1部 | 2位 | ベスト8 | UEFAカップ ベスト32 |
| 2008-09 | 1部 | 5位 | 4回戦敗退 | CL ベスト8 |
| 優勝 | 準優勝 | 昇格 | 降格 |
いずれもリバープレートとの共同保有。50%の所有権利を持つ。
詳細は「List of Spanish football transfers summer 2009」を参照
詳細は「Category:ビジャレアルの選手」を参照
| ビジャレアルCF - 現所属メンバー |
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1 オリバ | 2 ゴンサロ | 4 ゴディン | 5 カプデビラ | 6 エグレン | 7 ピレス | 8 カソルラ | 9 ジョレンテ | 10 カニ | 11 イバガサ | 12 ニウマール | 13 D・ロペス | 14 フステル | 15 フエンテス | 16 フローレス | 17 ハビ・ベンタ | 18 アンヘル | 19 セナ | 20 マルカノ | 21 ブルーノ | 22 ロッシ | 23 ジョニー | 24 エスクデロ | - ルベン | - モンテーロ 監督: バルベルデ |
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ラ・リーガ プリメーラ・ディビシオン, 2009-10
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