| メンズウェア Menswe@r |
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| 基本情報 | |
| 出身地 | イングランド ロンドン |
| ジャンル | ブリットポップ |
| 活動期間 | 1994年 - 1998年 |
| 旧メンバー | |
| ジョニー・ディーン サイモン・ホワイト クリス・ジェントリー スチュアート・ブラック マット・エヴェレット ダレン・トッドラム ポール・フレッチャー |
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メンズウェア(Menswe@rもしくは単にMenswear)は、ブリットポップブーム期にデビューし人気を博したイギリスのロックバンド。端正なルックスとメディアの過剰な評価もあって華やかなデビューを飾り、当時のブリットポップの象徴的存在だったが、その後ブームが収束に向かうのと同時に急速に人気を落としたことから、今ではブリットポップ最大のハイプと言われることも多い。
目次 |
1994年、ロンドンにて結成される。時代はオアシスやブラーなどによるブリットポップが盛り上がりを見せようとしていた、まさにその頃ということもあって、彼らの初ライヴには23社ものレコード会社が集結。彼らが5回目のライヴを行う頃には、50万ポンドでロンドン・レコードと契約を結ぶという、幸運なスタートを切る。またシングル一枚もリリースしないうちに、メロディ・メイカー誌の表紙を飾り、イギリスの人気番組であるトップ・オブ・ザ・ポップスに出演するなど一躍世間の注目を集める。その甲斐あって、限定デビューシングル「マネイジ・サムハウ」は数時間で即完売、2ndシングル「デイドリーマー」は全英14位のヒットを記録。
1995年には1stアルバム『ニューサンス』をリリース、ブラーやパルプ、エラスティカなど、同時代のバンドの影響を感じさせるブリットポップサウンドを聴かせた。
また彼らはそのルックスの良さで本国以上に日本で人気を集め、アルバムはオリコン25位と当時の新人バンドの中では破格のヒットを記録したり、わざわざビールのCMソングを書き下ろしたり、ロッキング・オンを始めとした様々な音楽雑誌の表紙を飾るなど、その人気は一時期凄まじいものがあった。
しかしその音楽性から、本国のプレスからはすぐに手のひらを返されたように酷評の嵐を受け、さらには同時期のバンドからも馬鹿にされていた。結局、ブリットポップムーブメントが終息すると、メンズウェアも同様に失速していった。「髪形ばかり気にするドラマーとは一緒にやっていけない」と言う理由で、ドラムのマットが脱退(クビ)。その直後にサポートメンバーのポール、ドラム・テクニシャンだったダレンという新メンバー二人の加入を経た直後のシングル「ウィ・ラヴ・ユー」発表後、彼らは長い沈黙期間に入る。
1998年に、実に3年ぶりとなる2ndアルバム『アイ・ティエンポ』をリリース。前作とは打って変わって、ストリングスを導入したアコースティックロック、カントリー路線の地味ながらまっとうアルバムに仕上がっていたが、本国では発売してくれるレーベルが見つからなかったため、日本のみのリリースとなった。しかしその日本でもあまり売れなかった。ほどなくしてメンズウェアは解散となった。
2005年3月号のロッキング・オンにおいて、元メンバーのサイモン・ホワイトがインタビューに応じている。それによると、メンズウェア解散後に、10万ポンドで再結成ライヴをやらないかという話が持ちかけられ、サイモンがメンバー全員をディナー・パーティに招待したものの、ある者は既にひどく酒に酔っており、またある者は体調が悪くて何も食べられず、残りの2人は最初から最後まで言い争いするなど散々なもので、結局は実現しなかったという。
また、ジ・オーディナリー・ボーイズのメンバーから「メンズウェアのファンだったんです」と言われ握手を求められたり、ブロック・パーティのケリーからは「僕がはじめて行ったライヴはメンズウェアのライヴで……」と打ち明けられたという。
以下の順位は全て全英チャートによる