| ヨン・ダール・トマソン |
|
| 名前 |
| 愛称 |
ゴールの外科医 |
| ラテン文字 |
Jon Dahl Tomasson |
| 基本情報 |
| 国籍 |
デンマーク |
| 生年月日 |
1976年8月29日(33歳) |
| 出身地 |
コペンハーゲン |
| 身長 |
183cm |
| 体重 |
77kg |
| 選手情報 |
| 在籍チーム |
フェイエノールト |
| ポジション |
FW |
| 背番号 |
11 |
| 利き足 |
右足 |
| 代表歴 2 |
| 1997– |
デンマーク |
102 (51) |
2. 2008.9.21現在。
■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
ヨン・ダール・トマソン(Jon Dahl Tomasson、1976年8月29日 - )は、デンマーク・コペンハーゲン出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。オランダ・エールディヴィジ・フェイエノールト所属。
人物・プレースタイル
パスを受けてからの動き出しが非常に速く、ゴールマウスを切り開いていくというプレースタイルから「ゴールの外科医」という愛称がある。
2002 FIFAワールドカップで4ゴールを決め、大会得点ランキングの4位になった。代表では、およそ2試合につき1得点のペースでゴールを生み出している。上記のワールドカップでの活躍のように大舞台にも強くEUROでも通算3得点している。
ワールドカップでの活躍を見込まれ移籍したACミランではスーパーサブと言う立場ながら、出場するたびにゴールを決めるとまで言われるほどの鋭敏な得点感覚を発揮。しかしさらなる出場機会を求めてか2004-05シーズン終了後はドイツ・ブンデスリーガの古豪、VfBシュトゥットガルトに移籍した。2007年冬の移籍マーケットでスペイン、ビジャレアルCFにレンタル移籍。2007-08シーズンからは完全移籍となった。続く2008-09シーズンには古巣であるフェイエノールトへと復帰した。2009年4月26日のADOデン・ハーグ戦でエールディビジ通算100得点を達成した。奇しくもこの試合は、ロイ・マカーイのリーグ戦500試合出場の試合であった。
エピソード
2002 FIFAワールドカップ時の和歌山合宿では、マスコミ関係者の個人サイトに掲載された聴覚に障害を持つ少年との心温まるエピソードがあり、インターネットを中心に話題となった。また2006年4月には、このストーリーを綴った本『少年とストライカーと約束』が双葉社より出版された。
また、第一期フェイエノールト時代はチームメイトに小野伸二が在籍していたこともあり、親日家である。
経歴
- 代表
- 1997年3月のクロアチア戦でA代表デビュー
- 1999年6月9日のウェールズ戦でA代表初ゴール
- 2002年 FIFAワールドカップで4ゴール
- 2004年 UEFA欧州選手権で3ゴール
- 2002, 2004 デンマーク年間最優秀選手に選ばれる
- クラブ
所属クラブ
代表
- 1992年 U-16代表
- 1992年 U-17代表
- 1993年-1995年 U-19代表
- 1995年-1997年 U-21代表
- 1997年- A代表
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