| ラウル・タムード | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 本名 | ラウル・タムード・モンテーロ | |
| ラテン文字 | Raúl TAMUDO Montero | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | スペイン | |
| 生年月日 | 1977年10月19日(32歳) | |
| 出身地 | バルセロナ | |
| 身長 | 180cm | |
| 体重 | 74kg | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | RCDエスパニョール | |
| ポジション | FW | |
| 背番号 | 23 | |
| 利き足 | 右 | |
| 代表歴 2 | ||
| 2000- | スペイン | 13 (5) |
| 2. 2008年9月5日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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ラウール・タムード・モンテーロ(Raúl Tamudo Montero、1977年10月19日 - )は、スペイン・バルセロナ出身の元同国代表、リーガ・エスパニョーラ・RCDエスパニョール所属のサッカー選手。ポジションはFW。
現在所属するエスパニョールの地元バルセロナ出身である事から、同クラブのシンボル的存在であり、キャプテンも務めたこともあるストライカー。経験を積むためアラベスとリェイダにレンタル移籍した経験はあるが、エスパニョール一筋のキャリアをもつ。余談だが、レアル・マドリードのファンであるという。
エスパニョールの下部組織で育ち、1997年3月にトップ昇格。その後1年半に渡るレンタル生活を経て、1999年に復帰。2000年にはシドニーオリンピックに出場して銀メダル獲得、そしてスペイン代表デビューなどの代表歴も記録している。また、2000年から2009年までリーガで9シーズン連続で10得点以上を挙げた記録を持つ(最多記録は2003-2004シーズンの19得点)。2006-2007シーズンにリーガ1部通算得点100ゴールを達成し、エスパニョールの選手としてはラファ・マラニョンの持つ111得点の最多得点記録を更新した(第37節、バルセロナ戦)。常に下位争いの渦中にあるチームにあって2度のコパ・デル・レイ制覇の原動力ともなった。しかし、2008-2009シーズン途中にマウリシオ・ポチェッティーノ監督が就任してから出場機会が減少し始め、連続二桁得点記録も途切れ、冬に加入したイバン・アロンソにポジションを奪われるなど、タムードにとって過去最悪のシーズンを送ることとなった。契約を1年延長し、2009-2010シーズンを迎えることとなったが、出場機会は少ないままであり、10月14日の会見をきっかけに首脳陣と確執が生じている[1]。
プレースタイルとしては個人で状況を打開できる高い突破力とテクニックを持ち合わせ、ヘディングも強い万能型。難を言えばムラの多さが欠点とされるが、チーム事情を考慮すれば、むしろ過小評価されている選手の一人である。
| オリンピック | ||
|---|---|---|
| 男子競技サッカー | ||
| 銀 | 2000 | 男子競技サッカー |
| RCDエスパニョール - 現所属メンバー |
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1 カメニ | 2 チカ | 3 D・ガルシア | 4 ハビ・マルケス | 5 ピリュ | 7 中村 | 8 ホセ・カジェホン | 9 デ・ラ・ペーニャ | 10 L・ガルシア | 11 ベルドゥ | 12 ロンカリア | 13 ハビ・ルイス | 14 ベン・サハル | 16 パレハ | 17 オスヴァルド | 18 フォルリン | 19 F・マルケス | 20 コロ | 22 モイセス | 23 タムード | 24 I・アロンソ | 25 アルバレス | 27 フリアン | 28 シエルバ | 30 ビクトル・ルイス | 35 ディダク・ビジャ | - ロラ 監督: ポチェッティーノ |
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