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ランチア・デルタS4

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ランチア・デルタS4
乗車定員 2 人
エンジン 1.8 L 直列4気筒 DOHC ツインチャージャー
最高出力 456 ps-600 ps
駆動方式 ミッドシップ 4WD
車両重量 890 kg
-自動車のスペック表-

ランチア・デルタS4 (Lancia Delta S4)は、イタリアの自動車会社ランチア世界ラリー選手権(WRC)のために製造したラリー用の競技車両。

目次

概要

形式名はZLA038ARO。 デルタの名を冠するものの、シャーシは量販車のデルタとはまったく異なる専用設計であった。 (ちなみに1985年までランチアのグループBラリーカーであった037ラリーは、コクピット周りのモノコックを既存の量販車から流用し、前後にスペースフレームのシャーシを追加したものであった)。

また形式名に、ランチアの800番台でもフィアットの100番台でもない、アバルトの開発コードSE038をそのまま使っていることも、ラリー専用の車両であることを表している。

とは言え、「連続した12ヶ月間で200台を生産しなければならない。ただし競技用の車両20台も含めていい。」というグループBの出場資格を得るため、市販車両(ストラダーレ)も製作された。

エンジンは、フィアット製1,759ccの直列4気筒DOHCツインチャージャーエンジンをリアミッドシップに縦置きした。ターボチャージャーに加え低回転域ではスーパーチャージャーを使うツインチャージャーを採用し、の向上を図った。このエンジンは最高出力456ps/8,000rpm、最大トルクは46kgm/5,000rpmを発生し、1986年最終戦アクロポリスラリーでは600psを超えていた。パワーウエイトレシオは2kg/psを切り、わずか890kgの車体を弾丸のように動かした。その姿は「公道を走るF1」とまで呼ばれたが、逆に言えばそのような性能は極端であった。そのパワーは当然のことながら軽い車両重量に対して過剰で、急激な挙動を示すこともあり乗り手を選ぶ車とも言える。

駆動方式は、1985年当時での最新テクノロジーと言える、ビスカスカップリングによるフルタイム4WDを採用した。初期のエボリューションモデルには、デフロックのためのレバーが見うけられる。


主な戦歴・エピソード

  • WRCでは1985年の最終戦RACラリーで、ヘンリ・トイヴォネンマルク・アレンの1-2フィニッシュでデビューを飾る。
  • 1986年1月の開幕戦ラリー・モンテカルロで優勝。
  • 1986年5月のツール・ド・コルスで、トップを快走していたヘンリ・トイヴォネンはSS18でコーナーにオーバースピードで進入。コースアウトを喫し崖から転落、マシンは炎につつまれ、彼はコ・ドライバーのセルジオ・クレストと共に帰らぬ人となった。
    以前からワークス・チームの大事故が相次いでいたことから、グループBでの選手権争いは危険すぎるとして、1986年シーズンをもって終了することが決定した。
  • しかし、8月のラリー・アルゼンチンで優勝。ミキ・ビアシオンにとってはWRC初勝利でもあった。このときのシャシーNo.209の個体は、現オーナーにより保安部品を追加して登録され、日本のナンバープレートを付けていることでも知られる。
  • 絶対的な速さよりも、4,200kmもの距離を壊れずに走りきることが要求される4月サファリラリーでは、チームはデルタS4ではなく037ラリーを走らせ、マルク・アレンが3位を得る。ランチアはその後も前年チャンピオンのティモ・サロネンや若手ユハ・カンクネンを擁するプジョー・205 T16 エボリューション2と熾烈な争いを展開した。
  • ランチアが1-2-3フィニッシュし、プジョーが「サイドスカート」によって失格とされた10月のラリー・サンレモが、12月の最終戦アクロポリスラリー後に、プジョーの抗議により選手権ポイント対象から除外されてしまい、いったんは決まったマルク・アレンのドライバーズ・タイトルとランチアのマニュファクチャラーズ・タイトルが共に消え、11日間の「幻の王座」となった。
    この年をもってグループBは廃止され、デルタS4の出場機会も断たれてしまう。前年も含め、13戦中6勝したものの、王座には手が届かず、デルタS4はランチアのワークス参戦したラリーカーで唯一タイトルの無い車両となり、マルク・アレンが「無冠の帝王」を返上することは適わなかった。

関係者のコメント

この車が自分には一番合っていた。最終戦で乗ったマシンは600馬力もあった。どこへ飛んで行くか分からないマシンだった。それがHF4WDになったら、馬力は半分以下だ。想像してくれ。アクセルを床まで踏み込んでもHF4WDはどこへもいきやしない。-- マルク・アレン

ライバル視してはいたけど、そんなに間近ではみたことないな。-- ティモ・サロネン

これはコースに留まらせるのでせいいっぱいだ。脳で制御しきれない。-- ヘンリ・トイヴォネン

関連項目


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Text is available under GNU Free Documentation License.
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