ロータス・102は、チーム・ロータスが使用したF1マシンで、フランク・ダーニーらが設計した。1990年から1992年序盤まで実戦投入された。
102
102は、1990年の開幕戦から全16戦に投入された。前年のマシン101をベースに開発され、エンジンは、ジャッドCV(V8)からランボルギーニ3512(V12)に変更された。ロータスとしては唯一のV12エンジン搭載車である。前年のドライバー、ネルソン・ピケと中嶋悟はチームを去っており、代わってデレック・ワーウィックとマーティン・ドネリーによりドライブされた。ヘレスで行われたスペインGP予選中に、マーティン・ドネリーがコクピットまでのマシン前半部分が完全に破壊される事故を起こし、重傷を負った。以後の2戦は、代わりにジョニー・ハーバートがドライブした。
最終獲得ポイントは3ポイントで、最高位は5位、コンストラクターズランキングは8位と低迷した。このポイント数はチーム参戦以来もっとも少ないものであった。また、この年を持ってキャメルからのスポンサードが終了した。これによって、チームは存続の危機に陥り、スタッフの離脱が続いた(チームマネージャーのルパート・マンワーリング、チーフデザイナーのマイク・コフラン、テクニカルディレクターのフランク・ダーニーなど)。シーズン終了後の12月、ピーター・コリンズとピーター・ライト、ホルスト・シューベルらがチームを引継ぎ、新たな体制で出発することになった。
スペック
成績
| 年 |
No. |
ドライバー |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
ポイント |
ランキング |
| 1990 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
3 |
8位 |
| 11 |
デレック・ワーウィック |
Ret |
Ret |
7 |
Ret |
6 |
10 |
11 |
Ret |
8 |
5 |
11 |
Ret |
Ret |
Ret |
Ret |
Ret |
| 12 |
マーティン・ドネリー |
Ret |
Ret |
8 |
Ret |
Ret |
8 |
12 |
Ret |
Ret |
7 |
12 |
Ret |
Ret |
DNS |
|
|
| ジョニー・ハーバート |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
Ret |
Ret |
- コンストラクターズランキング8位
- ドライバーズランキング14位 (デレック・ワーウィック)予選最高位10位 決勝最高位5位 獲得ポイント3
- ドライバーズランキング20位 (マーティン・ドネリー)予選最高位11位 決勝最高位7位 獲得ポイント0
- ドライバーズランキング-位 (ジョニー・ハーバート) 予選最高位14位 完走なし (第15,16戦にドネリーの代役として出走)
102B
1991年に向け、車両規則に合わせた修正を加えたマシンが102Bである。テクニカルディレクターにフェラーリから移籍した、エンリケ・スカラブローニを迎え、チーフデザイナーはフランク・コパックが務めた。ドライバーはミカ・ハッキネンとジュリアン・ベイリー。第5戦からはベイリーに代わりジョニー・ハーバートが日本のF3000と掛け持ち契約となり、F3000の日程と重複したレースはミハエル・バーテルスがドライブした。この年、ロータスは参戦できるかどうかぎりぎりの状態であったため、昨年使用したマシンにジャッドV8エンジンを搭載した急造マシンで参戦した。メインスポンサーのキャメルを失ったため、カラーリングはグリーンとホワイトのツートンとなった。この年から、タミヤ(田宮模型)やコマツなどの日本企業のスポンサーが開始された。
成績はコンストラクターズ10位(3ポイント)、最高位はハッキネンの5位であった。
タミヤはこのマシンを譲り受けて、本社ビルに展示している。この年に投入予定だったニューマシンである「103」は、計画だけで終わった。
スペック
- 全長 4,340 mm
- 全幅 2,150 mm
- ホイールベース 2,450 mm
- 前トレッド 1,800 mm
- 後トレッド 1,640 mm
- 車重 505 kg
- クラッチ AP 5.5インチ 3プレートカーボンファイバー、油圧作動
- ブレーキキャリパー ブレンボ
- ブレーキパッド・ディスク AP
- ホイール O・Z
- タイヤ グッドイヤー
- エンジン ジャッドEV
- 気筒数・角度 V型8気筒・76度
- スパークプラグ NGK
- 燃料・潤滑油 BP、エルフ
成績
| 年 |
マシン |
No. |
ドライバー |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
ポイント |
ランキング |
| 1991 |
102B |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
3 |
10位 |
| 11 |
ミカ・ハッキネン |
13 |
9 |
5 |
Ret |
Ret |
9 |
DNQ |
12 |
Ret |
14 |
Ret |
14 |
14 |
Ret |
Ret |
19 |
| 12 |
ジュリアン・ベイリー |
DNQ |
DNQ |
6 |
DNQ |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
| 12 |
ジョニー・ハーバート |
|
|
|
|
DNQ |
10 |
10 |
14 |
|
|
7 |
|
Ret |
|
Ret |
11 |
| 12 |
ミハエル・バーテルス |
|
|
|
|
|
|
|
|
DNQ |
DNQ |
|
DNQ |
|
DNQ |
|
|
102C
102BのシャーシをいすゞP799WEV12エンジンが搭載できるように改造。1991年シーズン中にシルバーストーンにテストで使用された。あくまでエンジンのテスト目的だったため、実戦投入されることはなかった。この時、いすゞが製作したエンジンのうち1機がタミヤ本社で展示されている。102Cの車体もタミヤ社にあり、これが現存する102Cの唯一の車体である。
102D
1992年シーズンに向け、エンジンをフォードの新エンジンであるHBエンジンに変更。ハーバートは第4戦まで、ハッキネンは第5戦まで102Dを使用し、以後は107にスイッチされた。
ドライバーは前年からハッキネンが継続で、前年スポット参戦だったハーバートが復帰した。
スペック
- クラッチ AP
- ホイール O・Z
- タイヤ グッドイヤー
- エンジン フォードHBシリーズIV
- 気筒数・角度 V型8気筒・75度
- スパークプラグ NGK
- 燃料・潤滑油 BP
脚注
外部リンク
|
チーム・ロータス / ロータス・カーズ |
|
| 創設者 |
|
|
| 主なチーム関係者 |
|
|
| 主なドライバー |
|
|
| F1マシン |
|
|
| 主なスポンサー |
|
|
| F2マシン |
12 | 16 | 32 | 35 | 41 | 44 | 48 | 57 | 59 | 69 | 74
|
|
| CART |
29 | 34 | 38 | 42 | 56 | 64 | 96
|
|
| スポーツカー |
|
|
|
F1世界選手権 1990年シーズンのF1マシン |
|
フェラーリ 641,641/2 | ティレル・018, 019 | ウィリアムズ FW13B | ブラバム・BT59 | アロウズ A11,A11B | ロータス・102 | オゼッラ・FA1M89,FA1ME | レイトンハウス CG901,CG901B | AGS・JH24,JS25 | ベネトン・B189B, B190 | ダラーラ・BMS190 | ミナルディ M189B,M190 | リジェ JS33B,JS33C | マクラーレン MP4/5B | ラルース LC89B, LC90 | コローニ C3B,C3C | ユーロブルン ER189B | オニクス ORE-1B,ORE-2 | ライフ・L190
|
|
▼ロータス・102と関連のある記事を表示しています。
動画検索:ロータス・102
▼
ロータス・102の動画検索結果を表示しています。