三好 学(みよし まなぶ、1861年(文久元年) - 1939年(昭和14年))は、明治・大正・昭和時代の植物学者、理学博士である。
日本の植物学の基礎を築いた人物の一人である。特に桜と菖蒲の研究に関しての第一人者であった。
来歴・人物
美濃国岩村藩(現岐阜県恵那市)出身(生まれは岩村藩江戸藩邸)。
東京帝国大学理学部生物学科を卒業し大学院在学中にドイツに留学し、帰国後の1895年(明治28年)に帝国大学教授に就任。理学博士になる。植物学の研究を続け、東京帝国大学教授時代の論文は100編以上、その著書も100冊以上といわれている。日本に「記念物(デンクマール、denkmal )の概念を広めた人物である。
1920年(大正9年)には日本学士院会員となり、1923年(大正12年)には東京帝国大学名誉教授となる。
終生植物研究を続け、桜、菖蒲の研究、及び天然記念物保存事業に力を注いだ。
地理学者の辻村太郎が、1937年に著した『景観地理学講話』の中で「景観」という言葉を生み出した人物としてとりあげている。
関連項目
▼三好学と関連のある記事を表示しています。
・
ナラノヤエザクラナラノヤエザクラ(奈良の八重桜)もしくはナラヤエザクラ(奈良八重桜)(
学名: )は
サクラの
栽培品種の一つ。オクヤマザクラ(
カスミザクラ)の
変種で、4月下旬から5月上旬に開花する
八重桜である。他の桜に比べて開花が遅く、八重桜の中では小ぶりな花をつけるのが特徴である。
ナラノヤエザクラは『詞花集』の伊勢大輔の和歌により著名になった八重桜である。『詞花集』には「一条院御時、奈良の八重桜を人のたてまつりて侍けるを、そのおり御前に侍ければ、その花をたまひて、歌よめとおほせられければよめる」とあり、伊勢大輔は「いにしへの奈良のみやこの八重ざくらけふ九重ににほひぬるかな」と詠んでいる。一条院御時から数えてちょうど1000年目をむかえている。奈良の文化の一片を今に伝える桜である。
奈良を代表する花として、奈良県花、奈良市章・市花に用いられる。
関連3|百科事典 |ウェブ |画像 |動画 ・
天然記念物天然記念物(てんねんきねんぶつ、
英:Natural monument、
独:Naturdenkmal)とは、
動物、
植物、
地質・
鉱物などの
自然物に関する
記念物である。天然記念物に対して、人間の文化活動に関する記念物を文化記念物(人文記念物、
独:Kulturdenkmal)と言う。
日本においては
文化財保護法や各
地方自治体の文化財保護条例に基づき指定される。
韓国・
北朝鮮にも日本と同様に天然記念物の制度があるほか、天然記念物の保護思想が発展してきたドイツやアメリカ、スイス等の西欧...
関連2|百科事典 |ウェブ |画像 |動画 ・
共生共生(きょうせい、SymbiosisあるいはCommensal)とは、複数種の生物が相互関係を持ちながら同所的に生活する現象。共に生きること。
なお「元の用字は共棲である」とする説もある。しかし、最新の研究では、共生は明治21年に
三好学の論文で用いられていることが確認されており[http://ci.nii.ac.jp/Detail/detail.doLOCALIDART0009116428 『科学史研究』第48巻] 、共棲の用例より早い。確認されている範囲では、日本に初めてSymbiosisという概念を紹介した最初の研究者は
三好学であるので、彼がこの訳を当てた可能性が高いともされる。
関連2|百科事典 |ウェブ |画像 |動画
動画検索:三好学
▼
三好学の動画検索結果を表示しています。