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| 太陽にほえろ! | |
|---|---|
| ジャンル | テレビドラマ |
| 放送国 | 日本 |
| 制作局 | 日本テレビ系列 |
| 監督 | 竹林進、山本迪夫ほか |
| 原作 | 魔久平 |
| 脚本 | 小川英、長野洋ほか |
| プロデューサー | 津田昭、岡田晋吉ほか |
| 出演者 | 石原裕次郎ほか |
| 太陽にほえろ! | |
| 放送時間 | 金曜日午後8時(54分) |
| 放送期間 | 1972年7月21日 - 1986年11月14日(718回) |
| オープニング | 太陽にほえろ!メインテーマ 太陽にほえろ!メインテーマ'79 太陽にほえろ!メインテーマ'86 |
| 太陽にほえろ! PART2 | |
| 放送時間 | 金曜日午後8時(54分) |
| 放送期間 | 1986年11月28日 - 1987年2月20日(12回) |
| オープニング | 太陽にほえろ!メインテーマ'86 |
『太陽にほえろ!』(たいようにほえろ)は、東宝テレビ部が制作した刑事ドラマ。
1972年7月21日から1986年11月14日まで、全718回。日本テレビ系列で金曜日20時から1時間枠で放送された。
続いて続編にあたる『太陽にほえろ!PART2』が1986年11月28日から[1]1987年2月20日まで、全12回放送。この項ではPART2についてもあわせて述べる。
目次 |
藤堂係長(石原裕次郎)以下、ニックネームで呼び合う警視庁七曲署(東京・新宿)・捜査第一係の刑事たちの活躍を描いた番組。日本の刑事ドラマを代表する作品である。
PART2は係長を篁(奈良岡朋子)に変えて描く。
それまでの刑事ドラマは事件と犯人が中心で描かれており、レギュラーの刑事達(主に本庁の捜査一課所属)は狂言回しに過ぎなかった。しかし本作は、所轄署の捜査一係に勤務する刑事の一人一人にフルネームと性格設定を与え、「青春アクションドラマ」と銘打って刑事を主役にした物語を展開した。「走る」刑事ドラマとしても有名で、勝野洋、宮内淳が走った延距離は地球半周分とも言われる。
サツ、デカ、ホシ、タレコミといった警察用語を世に広めたが、実際の警察とは異なる描写も多い。
当初の構想では、主人公・マカロニ刑事こと早見淳の成長物語として展開していく予定であった。しかし、早見役の萩原健一が降板を希望、「劇中で死にたい」という萩原本人の申し出を製作側が受け入れ、早見は通り魔強盗に刺し殺されるという形で姿を消す。だが主役級の降板という事態にも関わらず番組を終了させることはなく、無名に近い松田優作を萩原の後任に起用してさらなる成功を収めた。これに端を発し、新人や無名に近い俳優を主演の新人刑事として出演させてその人間的に成長する姿を描き、やがて彼らが「殉職」[2]することで番組を卒業していくというパターンが定着。勝野洋、渡辺徹などといったスターが生み出された。やがて、番組の路線が安定してくると沖雅也、三田村邦彦、世良公則など芸能界で実績のある俳優が起用されるケースも出てきた。また露口茂、竜雷太、小野寺昭、下川辰平らベテランおよび中堅のメンバーにも主演作が用意されるようになり、新人刑事の青春物語から群像劇としての魅力を加えていった。
本作はレギュラー出演者のスケジュール調整には大変注意が払われていた。実際に警察官は「非番」という形で交代制で休みを取るのでこれに準じて、番組1年目は萩原(40話、42話、44話)・小野寺(5話、10話、11話、14話、36話、37話、45話)・下川(10話、18話、31話〜33話、36話、48話、49話)の欠場があった。2年目以降はごく一部の例外(81年の石原裕次郎・沖雅也の病欠)を除き、一係メンバーは毎回必ず顔を揃えていた(岡田晋吉プロデューサー曰く「関根恵子はセミレギュラー扱いだった」)。裕次郎は86年にも再入院し代役として渡哲也が配されたが、最終回で復帰。番組のテーマともいえる「生命の尊さ」を訴え、シリーズ通しての主役として物語をしめくくった。
人物名、()に読みとニックネーム、出演者の順に表記。●は「殉職」した刑事
「太陽にほえろ!のセミレギュラー一覧」を参照
時差ネット局、週遅れ放送局、一部ロケで制作協力に参加した局あり。☆印を付した局は、PART2も放送。
など
七曲署捜査一係に早見淳(マカロニ)が着任するところからこのドラマは始まった。第1話に新任刑事が配属されるというパターンは、後発の作品では珍しくなくなっているが、当時は斬新なものであった。一係は藤堂係長(ボス)以下、山村(山さん)・石塚(ゴリさん)・島(殿下)・野崎(長さん)らのメンバーで、第38話より少年課から内田(シンコ)も加入する。第1話の犯人役には、当時新進俳優として頭角を現してきた水谷豊(後に萩原とは『傷だらけの天使』で共演)が出演。山東昭子も新聞記者役としてセミレギュラーだった。その後も浜美枝、沖雅也(久保刑事役)、藤竜也、近藤正臣、宍戸錠などゲストが多数出演。特に沢田研二がゲスト出演した第20話「そして愛は終った」は、萩原と沢田のGSスターの共演で話題となり、当時のスタッフの証言によれば撮影所にファンが殺到したと伝えられる。番組開始当初は裏番組の『天下御免』『赤ひげ』(NHK総合)に押され、視聴率にかなりムラがあったものの、徐々に安定した人気を獲得するようになっていく。マカロニが退場するまでの一年間、本作の視聴率は前半の26本が平均16.8%、後半の26本が平均18.4%であった(ビデオリサーチ関東地区調べ)。
後述のように、当初は実験的・反体制的なストーリーも多かったが、萩原が「リアルな犯罪を描くというのなら、性犯罪を取り上げないのはおかしい」と番組の方向性に疑問を投げかけたのに対して、制作サイドは金曜8時という放送時間や、それでなくても過激すぎるという声が多かったことから、萩原の提案を拒否。結局、萩原は降板を申し出ることとなった(萩原が構想していた、よりリアルな犯罪ドラマは、後日『傷だらけの天使』にて表現された[4])。萩原の降板の申し出から岡田チーフプロデューサーは、文学座研究生・松田優作に目をつけてテスト出演させ、松田を次期新人刑事に採用した。マカロニの犬死という衝撃的な展開が話題をまいた後、柴田純(ジーパン)が着任しドラマは新たなスタートを切った。松田の野性的な風貌と長身をフルに生かしたアクションで、第61話「別れは白いハンカチで」から常時20%以上をキープする人気番組に成長。ジーパンだけでなく個性的なベテラン刑事達の活躍も話題を集め、第87話「島刑事、その恋人の死」で28.4%を記録。第94話「裏切り」ではついに30%を突破した。
柴田の死後、三代目新人として三上順(テキサス)が配属。番組の人気が上がったので、児童層への影響を考えて従来の破天荒で型破りな刑事ではなく、短髪で生真面目なスポーツマン刑事として設定された。結果、テキサス刑事の人気は急騰し、当初は従来どおり1年目での殉職が予定されていたがあまりの人気のため延期され、交代劇がままならないまま田口良(ボン)が欠員補充という形で配属された。この時代は高視聴率が安定し、新人刑事の成長物語から刑事らの群像劇へと番組の姿勢がシフトしていったほか、ストーリーもそれまでの若者の葛藤や青春を描いた話だけでなく、家族問題やコメディものまで娯楽性が強まった。
これによって一係の扱う事件も本来の殺人・放火事件などの強行犯専従から知能犯、暴力犯や防犯課(当時)案件の銃器や薬物なども扱う総合的なものにシフトした。
三上の殉職後、滝隆一(スコッチ)が配属。滝は先輩刑事を目の前で殺害された経緯から、姑息な手段を使う犯人には独断発砲も辞さない非情な刑事になった設定で、チームワークを身上とする藤堂班に波紋を起こすキャラクターとして投入された。田口も性格の異なる滝との対比で存在感を増すことにもなった。
滝は半年後に転属し、短期の「ボン単独編」となった。この時期は麻薬Gメン房江の最終ゲスト編や、誤って容疑者を死亡させて辞表を出すなど田口の成長に重点が置かれる。その後、岩城創(ロッキー)が欠員補充として配属し、以降は「ボン・ロッキー時代」としてタイトルバックも二年間不動のロングラン・シリーズとなった。宮内淳の人気急上昇で田口の殉職劇が延期を重ねた結果、次期新人候補の山下真司は半年以上浪人させられ、北海道ロケにカメオ出演した。その間新たに準レギュラーとして登場した交通課の早瀬令子編、島と三好恵子とのロマンス編、歴代の殉職刑事の追想とスコッチ、柴田たきの再登場で構成された300回記念編、初の海外ロケとなったオーストラリア編など数々のイベントが用意された。
田口が殉職し、待機していた山下が五代潤(スニーカー)として登場。同時にオープニングテーマもアレンジを大きく変更した新バージョンに改められ、ドラマの方向性も転換を計った。これまでの新人刑事中心から群像劇へとシフトさせ、爽快なアクションばかりではなく重厚な人間ドラマも増えて幅広い作劇が模索された。しかしこの結果、主役的存在である五代の人気がのびず、作劇上も地味な印象を持たれることになった。また、1979年10月からスタートしたTBS『3年B組金八先生』の大ヒットで、太陽にほえろ!の視聴率は急激に低下していった。様々なテコ入れ策が検討され、その1つとして1980年4月、400回記念として山田署に転勤していた滝(スコッチ)を七曲署に復帰させたが、その復帰回は金八先生の最終回に視聴率で惨敗を喫する。
初期から出演していた島刑事役の小野寺昭が降板を表明。島の後任として西條昭(ドック)が登場する。西條役の神田正輝自らの提案で、今までの濃厚刑事ドラマにカジュアルな要素を注入した。神田のシリアスからコミカルまで幅広く演じるイメージとも相まって、作品のバリエーションはさらに拡大。娯楽性も増したことが時代とマッチングし人気を取り戻すことに成功したが、10月に金八先生の第2シリーズがスタートし再び視聴率が低迷する。
さらに1981年に入り、滝役の沖が交通事故で入院し一時欠場、さらに藤堂役の裕次郎が病に倒れ、長期離脱する。またテレビ朝日の新日本プロレス中継番組『ワールドプロレスリング』に初代タイガーマスクが登場して大ブームを巻き起こし、視聴率を伸ばし始める。9月に五代は辞職して故郷に帰るという形で降板(藤堂不在時の殉職を避ける形をとり、藤堂復帰の際に山下はゲスト出演)。後任として竹本淳二(ラガー)が登場する。演じる渡辺徹は当時19歳と史上最年少の新人刑事であり、たのきんトリオに象徴される当時のアイドルブームと相まって女性人気の回復に貢献した。ところが、直後に沖が健康不調から再び番組を欠場。藤堂は全快して復帰するが、滝は古傷が悪化した設定で病死という形で降板する。
原昌之(ジプシー)が登場する。原役の三田村は当時「必殺仕事人III」と掛け持ちだったため出番があまり多くなかったが、神田・渡辺を含めた3人をアイドル刑事チーム・「ミワカントリオ」と呼ばれて番組の人気向上に貢献した。10周年記念のカナダロケで岩城は殉職し、野崎は警察学校への異動で番組を去った。さらに石塚も殉職で降板が決定していた。制作サイドは急激なメンバーチェンジによるファン離れを恐れ、テーマ曲を元の音源に戻して「原点回帰」を図る。またこの時期「10周年記念ファンの集い」というイベントが行われ、マカロニ、ジーパン、シンコを除く歴代のレギュラー刑事が総出演した。そして新たに春日部一(ボギー)が登場。春日部は初代・早見淳を意識したキャラクターで、登場編も1話のリメイク的な作りとなった。世良の加入から「カワセミ時代」と呼ばれる黄金期を迎え、テレビ情報誌・芸能誌のグラビアを飾った。これ以降若手メンバーを軸に置いた路線へとシフトする。
石塚殉職後、井川利三(トシさん)が着任し、その後は中堅としてチームを支えた。三田村はNHK大阪制作の水曜時代劇「壬生の恋歌」への主演と「必殺仕事人IV」(ABC)への続投が決定したため、太陽を降板せざるを得なくなる(当初は「新・必殺仕事人」最終回をもって必殺シリーズを卒業し、太陽には長期出演となる予定だった)。その翌週は、原の後任として配属された女性刑事がすぐに辞職してしまうというストーリーであったが、その話のラストで亡き岩城の妻である令子(マミー)が交通課婦警から一係に転属することになり、シンコ以来10年ぶりの女性レギュラー刑事となった。
春日部の殉職後の後任として新たな新人刑事役・又野誠治が用意されたが、人気のあった春日部の半年延命が決まり、庶務担当だった松原直子(ナーコ)と入れ代わる形で澤村誠(ブルース)が登場する。春日部がマカロニを意識したキャラクターであったのに対し、澤村はジーパンを彷彿とさせるアクション型のキャラクターであった(春日部の殉職後はそのキャラクターの一部を受け継ぎ、コメディリリーフ的な役割も演じるようになる)。
春日部の殉職後は欠員補充はなかったが、約半年後石原良純演じる水木悠(マイコン)が七曲署に赴任することになる。水木は一度、本庁の情報処理担当として一係に協力するという設定でゲスト出演しており、その後レギュラー入りした。捜査にパソコン(当時の呼び方で“マイコン”)を駆使する現代っ子として、猛者ぞろいの一係に新風を吹き込んだ。パソコンがまだ一般に普及する前の、時代を先取りする演出ではあったが、まだまだ情報処理に対する知識が浸透していなかったためか、現在の目から見ると珍妙な使い方をしている話も多い。
竹本の殉職後、後任として島津公一(デューク)が配属された。島津は「行方不明の父親を探している」という縦軸のストーリーが新たに加えられたが、効果的に盛り上がることのないまま父と再会する。
番組終了半年前には、第1話から14年間出演し続けていた山村も殉職でついに姿を消す。さらに2ケ月後には裕次郎も再入院から番組を休演。奇しくも700回を迎えてのことであった。助っ人として橘兵庫(警部)が係長代理として着任、新人刑事太宰準(DJ)も加わる。メインテーマもアレンジされ、15年目心機一転のスタートを切ったのだが、裕次郎の良好な体調での復帰が絶望的とのスタッフの判断から、番組の打ち切りが決定する。
最終回直前には、島津が山村刑事がやり残した事件を解決して、海外研修へ旅立った。最終回で藤堂が復帰し、有終の美を飾った。この最終回で、藤堂が取調室で部下への思いを語るセリフはアドリブであり、石原裕次郎のこの番組に対する思い入れを表わした言葉として語り草になっている。
翌々週からはPART2の放送が開始。係長・篁朝子と喜多収(オサム)が登場し、野崎が現場復帰した。裕次郎復帰断念による急な最終回を迎えたため、後番組『ジャングル』製作準備の間、未映像化脚本の消化のために1クール12回だけの企画であった。新レギュラーの奈良岡も、舞台出演の予定から、当初から1クールの出演契約だったとされる。奈良岡の起用に関しては、石原裕次郎がもっとも尊敬していた女優だったことからと言われる。放送回数が少ないため、しばしば、打ち切りと誤解されることがあるが、前述のような理由による物で、実際の視聴率はかなり好調だった。延長の話もあったのだが、奈良岡が固辞したことや、石原プロが難色を示したことなどから、当初の予定通りの終了となった。
シナリオ草稿「野崎刑事復帰」では野崎が現場に復帰するエピソードが準備されたが、初回から復帰した設定となった。
『太陽にほえろ!』の企画は、日本プロレスのクーデターで打ち切りとなった『日本プロレス中継』の代替案として立案された。かねてから編成の核となる看板番組の制作を目指していた岡田プロデューサーは、刑事を主役とした「青春アクションドラマ」の構想を抱いていた。これに、物語に厚みを出すため黒澤明の『野良犬』にも影響を与えたセミ・ドキュメンタリー形式の刑事物の古典映画である『裸の町』をモデルとして、リアルな犯罪捜査を描くことを加えて、当初の企画は立てられた。
それまでの日本の刑事ドラマは『七人の刑事』 (TBS) や『特別機動捜査隊』(NETテレビ(現・テレビ朝日))等が主流で、大人向きで暗いイメージがあった。他にも『キイハンター』や『ザ・ガードマン』があったが、これらの舞台は前者は警察とは言えど全く架空の特殊チーム、後者も民間企業たる警備会社で、若年層向けとしては桜木健一主演『刑事くん』ぐらいしかなかった。それまでの「刑事物」は「事件物」と呼ばれて、親が子供に見せたくないドラマのひとつだった。
初期企画書の題名は「明日に燃えろ」で、NYPDで研修を受けたばかりのキャリア・藤堂英介を筆頭に、初めて刑事になった風間健一の活躍を描くドラマとして72年2月企画された。撮影の遅れを出さないために出演俳優を増員。撮影隊をA・B二班体制にし、同時に進行させていくシステムを採用。主人公が潜入捜査官では目立った活動もできず、拳銃携帯もできなかったことから、拳銃を携帯できる私服刑事と設定した。
さらに、当時流行していたアメリカの犯罪映画(『ダーティハリー』『ブリット』など)の要素も取り入れ、刑事のキャラクターを全面に押し出すことを主にし、犯罪者側の描写を控えた。初期段階から新人刑事の成長物語を主軸に描くことは決まっていたが、当初の性格設定は生真面目で規則一辺倒な若者だったので、メインライターの小川英はもっと今風な若者にしようと提案する。
当時の世相として高度成長・公害・蒸発が新聞紙面を賑わし、学生運動で学内は荒れ、内ゲバ(暴行事件)が頻発。街ではアングラやヒッピーが流行り、新しい価値観や文化が話題となった。海外ではベトナム戦争が交戦中で、少年誌で『あしたのジョー』が大ヒットしていた時節だった。これらの社会現象や風俗を作品の要素に取り入れた。2月にあさま山荘事件で連合赤軍と機動隊の死闘がテレビ中継され、実際に隊員が殉職するなど、警察がヒーローとして注目される風潮が出てきた。
主人公は、当時、刑事役としては異例の長髪で[5]、ファッショナブルな衣装の「NOWな若者」を主人公とするよう変更した。警察という組織にありながらも、反体制的で自己主張するキャラクターに変更。
10月の開始予定が7月に前倒しされ、急ピッチで製作が進められる。主役はザ・テンプターズのメンバーとして人気を博し、映画『約束』で注目された萩原健一に決定した(テンプターズ解散後、俳優への転向を摸索していた時期でもある)。野崎役は藤木悠(東京バイパス指令のレギュラー)の予定だったが、スケジュールが合わず下川辰平に決まった。
銀幕のスター・石原裕次郎はテレビ出演に懐疑的だったが、石原プロの台所事情もあり、1クール契約で出演を承諾。他にも大映倒産後に東宝入りした関根恵子や、東宝所属の竜雷太などのキャストが集められた。
『太陽にほえろ!』のタイトルで制作が決定。当初は主人公・早見淳は皆から「坊や」と呼ばれる予定だったが[6]、萩原が猛反発。衣装のイメージから「マカロニ」のニックネームが決まる。
新人刑事の活躍を斬新に描いた番組は当時の小中学生から一般視聴者層に受け入れられ、『水戸黄門』と並んで国民的人気番組と称せられるようになった。
「これからはテレビの時代です!」と、1クールで契約切れになった裕次郎の続投を本人に強く推したのは竜雷太だと伝えられる。
1997年から2001年に4本の2時間ドラマスペシャルが制作・放映された。舘ひろしがボスを演じた。監督は村田忍。
番組プロデューサーの岡田晋吉が当時中京テレビの取締役であったことから中京テレビと日本テレビの共同制作となっている。
新人がレギュラー出演する前に演技のテストを兼ねてカメオ出演している。
本作の劇中において、レギュラーメンバーは全員「刑事」として表現されており、警察官としての階級については具体的な描写がほとんどない。また、以下のような設定の混乱がある。
これらの混乱については、岡田晋吉プロデューサーが自著やDVD-BOXの解説書で警察組織を熟知していなかったことや、確認ミスの存在を語っている。
後番組『ジャングル』では中堅・ベテラン刑事を警部補や巡査部長に設定して調整した。
本来殉職とは勤務時間中などに職務上の理由で死亡したものを指す。中には判断が分かれるであろう件もあるが、本作では一括して殉職と扱われている。
殉職した場所は一部現存するが、なくなった場所もある(新宿三井ビルディングは竣工してしまった)。
ステージガン(劇中に登場する小道具銃)は、番組放映期間が長かった為、様々なバージョンのものが存在した。放映期間中の1977年に銃刀法が改正されたため、モデルガンのみならずステージガンも法改正の影響を受けている。
人気作品であるだけに、この作品を題材にしたオマージュやパロディも多い。以下はその一例である。
放送開始30周年記念としてスタートした2002年より全話DVD化を進めている。[35]
また、以下のDVDも発売されている。
放映当時は本作について、日本テレビより写真集やノベライズが数多く出版されていたが、放映終了後に出版された関連書籍は以下のものがある。
| 日本テレビ系列 金曜夜8時の枠 | ||
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| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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太陽にほえろ!
太陽にほえろ! PART2 |
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![]() 01:55 | 太陽にほえろ!メインテーマ |
再生回数:171,202回評価: 提供:You Tube | |
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![]() 01:51 | 太陽にほえろ |
再生回数:197,839回評価: 提供:You Tube | |
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![]() 07:59 | 太陽にほえろ! カーアクション |
| 再生回数:3,096回評価:なし提供:You Tube | |
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![]() 01:56 | 太陽にほえろ! |
再生回数:57,774回評価: 提供:You Tube | |
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![]() 02:00 | マカロニ刑事のテーマ 太陽にほえろ! |
再生回数:29,312回評価: 提供:You Tube | |
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