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宇野薫

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宇野 薫
基本情報
本名 宇野 薫
通称 PRINCE OF HERO'S
総合格闘技のパイオニア
国籍 日本
誕生日 1975年5月8日(34歳)
出身地 日本
神奈川県横須賀市
所属 和術慧舟會東京本部
→フリーランス
身長 172cm
体重 70kg
階級 ライト級
スタイル 柔術
レスリング
テーマ曲 「Smells Like Teens Spirit」
Nirvana

宇野 薫(うの かおる、男性、1975年5月8日 - )は、日本総合格闘家神奈川県横須賀市出身。所属フリー。既婚。

総合格闘技イベント「CAGE FORCE」の命名者であり、アドバイザーを務めている。

目次

ファイトスタイル

日本の軽量級ファイターとしては、非常に早い頃からUFCに参戦しており、豊富な経験から来るバランスの取れた試合運びができるトータルファイターである。特に寝技の技術には長け、相手にバックマウントポジションを奪われた状態から柔軟かつ的確な動きでスイープする(あるいは立ち上がる)技術は宇野逃げと呼ばれ高く評価されている。

来歴

中学1年でサッカー部、2年から3年までは野球部に所属[1]横浜高等学校ではレスリング部に所属。同じレスリング部には渋谷修身も所属していた。1993年7月、高校3年時にパンクラスの第1回入門テストを受験するも、不合格となった[1]。一緒に受験した渋谷は合格した。

スポーツ専門学校に進学後、修斗に興味を持ちシューティングジム八景に入門。この時期に佐藤ルミナの指導を受け、ほどなく和術慧舟會に入門。

1996年全日本アマチュア修斗選手権で準優勝。決勝戦の相手だった桜井速人を相手に10月4日プロデビュー。以後、修斗を中心に和術慧舟會主催の大会やコンバットレスリングなどに出場。

1998年から頭角を現し、外国人選手相手に実績を重ねる。1998年10月25日、抜擢を受けて出場したVALE TUDE JAPAN '98にてブラジリアン柔術黒帯のヒカルド・"リッキー"・ボテーリョにTKO勝ちを収めた。

1999年5月29日、空位の修斗ウェルター級王座決定戦で元師匠の佐藤ルミナと対戦し逆転勝ちを収め、第4代修斗ウェルター級王者となる。以後、アンドレ・ペデネイラスデニス・ホールマンなどと対戦。

2000年12月17日、佐藤ルミナとのリターンマッチで勝利を収めた直後、王座返上と修斗からの撤退を表明。

2000年12月31日、INOKI BOM-BA-YEでプロレス初挑戦。小路晃とタッグを組み、ザ・グレート・サスケ&松井大二郎と対戦。最後はサスケのラ・マヒストラルでフォール負け。

2001年2月23日、UFC初参戦となったUFC 30ジェンス・パルヴァーと初代UFC世界バンタム級(現ライト級)王者決定戦で対戦し、判定負け。

2001年11月2日、UFC 34BJペンと対戦し、開始11秒フェンス際でパンチ連打を浴びKO負け。

2002年2月15日、憧れだったリングスの最終興行となった『WORLD TITLE SERIES GRAND FINAL』で高阪剛と旧リングスルールのエキシビションマッチを行った。

2003年2月28日、UFC 41でパルヴァーの返上によって空位となったUFC世界ライト級タイトルを賭け、BJペンと再戦するも、1-1の判定ドローとなり、王座獲得ならず。

2003年9月26日、UFC 44エルメス・フランカと対戦し、右ストレートでKO負け。この試合を最後にUFCを離脱。

2003年12月7日、全日本キックボクシング連盟「Fujiwara Festival」に登場。総合ルールのエキシビションマッチで小林聡とタッグを組み藤原敏男國奥麒樹真と対戦した後、キックルールのエキシビションマッチで小林聡と対戦した。

2003年12月15日、「WOLF REVOLUTION meets LUZ」で魔裟斗と1Rキックボクシングルール、2R総合格闘技ルールのエキシビションマッチを行った。

2004年3月22日、修斗に3年3か月ぶりに復帰し川尻達也と対戦、ドローに終わった。

2005年からは、HERO'Sを中心として試合を行う。2005年のHERO'Sミドル級トーナメントでは準決勝で山本"KID"徳郁の打撃で、顔面をカットしてしまい、流血によるTKO負け。

2006年8月5日、HERO'S 2006 ミドル級世界最強決定トーナメント準々決勝ではブラックマンバと対戦、長身を生かしたパウンド等で攻め込まれるも、チョークスリーパーで一本勝ち。

2006年10月9日、トーナメント準決勝でアイヴァン・メンジバーに判定勝ちするものの、決勝ではJ.Z.カルバンに判定負けを喫し、準優勝に終わった。

2007年3月12日、HERO'S 2007 開幕戦ではアリ・イブラヒムに1R腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。

2007年7月16日、HERO'S 2007 ミドル級世界王者決定トーナメント開幕戦で永田克彦と対戦。ほぼスタンドでの攻防で5分3Rを戦い抜き、3-0の判定勝ち。

2007年8月、10月11日に亀田大毅とのタイトルマッチを控えたボクシングWBC世界フライ級王者内藤大助らと長野県車山高原で合宿を行った。

2007年9月17日、HERO'S 2007 ミドル級世界王者決定トーナメントの準決勝でアンドレ・ジダと対戦。ジダの打撃で顔面をカットするなどして攻め込まれ、グラウンドでもいいポジションを取れず、判定負け。また、この試合で下顎を2箇所骨折する重傷を負った。

2008年5月11日、シード出場となったDREAM.3のライト級GP2回戦で石田光洋と対戦し、チョークスリーパーで一本勝ち。7月21日、DREAM.5のライト級グランプリ準決勝で青木真也と対戦し終始青木のペースに引き込まれ判定負け。しかし青木の関節技から再三脱出し、会場を沸かせた。

2009年3月17日、UFC公式サイトにて約6年ぶりとなるUFC復帰が発表され、4月10日付けで12年間所属していた和術慧舟會を離れフリーランスとなった(マネジメントはフロム・ファーストプロダクション[2]

2009年6月13日、UFC 99スペンサー・フィッシャーと対戦し、判定負け。11月21日、UFC 106でファブリシオ・カモエスと対戦し、2Rにグラウンド状態からの顔面蹴りあげでカモエスに減点1が与えられたものの1-0の判定ドローとなった。

戦績

総合格闘技

総合格闘技 戦績
42 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
25 2 13 10 0 5 0
12 5 2 5 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
ファブリシオ・カモエス 5分3R終了 判定1-0 UFC 106: Ortiz vs. Griffin 2 2009年11月21日
× スペンサー・フィッシャー 5分3R終了 判定0-3 UFC 99: The Comeback 2009年6月13日
× 青木真也 2R(10分/5分)終了 判定0-3 DREAM.5 ライト級グランプリ2008 決勝戦
【ライト級GP 準決勝】
2008年7月21日
石田光洋 2R 1:39 チョークスリーパー DREAM.3 ライト級グランプリ2008 2nd ROUND
【ライト級GP 2回戦】
2008年5月11日
× アンドレ・ジダ 5分3R終了 判定0-3 HERO'S 2007
〜ミドル級世界王者決定トーナメント決勝戦〜
【ミドル級 準決勝】
2007年9月17日
永田克彦 5分3R終了 判定3-0 HERO'S 2007
〜ミドル級世界王者決定トーナメント開幕戦〜
【ミドル級 1回戦】
2007年7月16日
アリ・イブラヒム 1R 1:59 腕ひしぎ十字固め HERO'S 2007 開幕戦 〜名古屋初上陸〜 2007年3月12日
× J.Z.カルバン 5分2R終了 判定0-2 HERO'S 2006
ミドル級&ライトヘビー級世界最強王者決定トーナメント決勝戦
【ミドル級 決勝】
2006年10月9日
アイヴァン・メンジバー 5分2R終了 判定3-0 HERO'S 2006
ミドル級&ライトヘビー級世界最強王者決定トーナメント決勝戦
【ミドル級 準決勝】
2006年10月9日
ブラックマンバ 2R 3:30 チョークスリーパー HERO'S 2006
ミドル&ライトヘビー級 世界最強王者決定トーナメント準々決勝
【ミドル級 準々決勝】
2006年8月5日
オーレ・ローセン 2R 4:36 チョークスリーパー HERO'S 2006
【ミドル級 1回戦】
2006年5月3日
リッチ・クレメンティ 5分2R終了 判定3-0 HERO'S 2006 2006年3月15日
× 山本"KID"徳郁 2R 4:04 TKO(レフェリーストップ:左眉尻のカット) HERO'S 2005
ミドル級世界最強王者決定トーナメント準決勝
【ミドル級 準決勝】
2005年9月7日
所英男 5分2R終了 判定3-0 HERO'S 2005
ミドル級世界最強王者決定トーナメント準決勝
【ミドル級 準々決勝】
2005年9月7日
× ヨアキム・ハンセン 3R 4:48 KO(左膝蹴り) HERO'S 2005年3月26日
セルカン・イルマッツ 1R 1:50 腕ひしぎ十字固め K-1 WORLD MAX 2005 〜日本代表決定トーナメント〜
【スーパーファイト(総合格闘技特別ルール)】
2005年2月23日
チャンデット・ソーパンタレー 2R 0:19 チョークスリーパー K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!! 2004年12月31日
川尻達也 5分3R終了 判定0-1 修斗 2004年3月22日
× エルメス・フランカ 2R 2:46 KO(右ストレート) UFC 44: Undisputed 2003年9月26日
BJペン 5分5R終了 判定1-1 UFC 41: Onslaught
【UFC世界ライト級王座決定戦】
2003年2月28日
ディン・トーマス 5分3R終了 判定3-0 UFC 39: The Warriors Return 2002年9月27日
イーブス・エドワーズ 5分3R終了 判定3-0 UFC 37: High Impact 2002年5月10日
× BJペン 1R 0:11 KO(パンチ連打) UFC 34: High Voltage 2001年11月2日
ファビアーノ・イハ 1R 1:48 TKO(パウンド UFC 32: Showdown in the Meadowlands 2001年6月29日
× ジェンス・パルヴァー 5R終了 判定0-2 UFC 30: Battle on the Boardwalk
【UFC世界バンタム級王座決定戦】
2001年2月23日
佐藤ルミナ 1R 2:21 KO(右フック) 修斗 R.E.A.D. 〜2000 SHOOTO〜"UM CAMINHO PARA O CAMPEAO" チャンピオンへの道
【修斗ウェルター級チャンピオンシップ】
2000年12月17日
× マーシオ・クロマド 3R 1:49 フロントスリーパー 修斗 R.E.A.D. 〜2000 SHOOTO〜"UM CAMINHO PARA O CAMPEAO" チャンピオンへの道 2000年8月27日
デニス・ホールマン 5分3R終了 判定3-0 修斗 R.E.A.D. 2000年4月2日
アンドレ・ペデネイラス 8分3R終了 ドロー VALE TUDE JAPAN '99 1999年12月11日
ディン・トーマス 3R 3:16 スリーパーホールド IV 修斗 the Renaxis 1999 1999年9月5日
佐藤ルミナ 3R 4:02 チョークスリーパー 修斗 the Renaxis 1999 "10 Years Anniversary"
【修斗ウェルター戦王座決定戦】
1999年5月29日
ヒカルド・"リッキー"・ボテーリョ 3R 2:03 ギブアップ(パウンド VALE TUDE JAPAN '98 1998年10月25日
スボンコ・セコリエビッチ 1R 3:15 三角絞め 修斗 Las Grandes Viajes 4 1998年7月29日
イアン・シャファー 3R 3:13 腕ひしぎ十字固め 修斗 Las Grandes Viajes 3 1998年5月13日
ルタ☆ユージ 5分2R終了 判定3-0 修斗 Las Grandes Viajes 2 1998年3月1日
× 植松直哉 1R 0:23 アキレス腱固め トーナメント・オブ・J '97【軽量級 決勝】 1997年12月20日
小谷ヒロキ 3分2R終了 判定3-0 トーナメント・オブ・J '97【軽量級 準決勝】 1997年12月20日
和知正仁 3分2R終了 判定3-0 トーナメント・オブ・J '97【軽量級 1回戦】 1997年12月20日
桑原卓也 5分2R終了 判定1-1 修斗 1997年10月12日
立石祐三 1R 2:14 チョークスリーパー 修斗 1997年6月25日
パトリック・テイプルズ 1R 2:20 フロントチョーク Japan Extreme Challenge Vale Tudo Open 1997年5月28日
× 桜井"マッハ"速人 1R 2:52 腕ひしぎ十字固め 修斗 1996年10月4日

グラップリング

勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
ハビエル・バスケス 3R終了 判定59-56 CAND 2004年10月24日
× 五味隆典 3R終了 判定56-59 The CONTENDERS 6 2001年10月8日
三宅靖志 判定 The CONTENDERS 4 2000年11月25日
× 須藤元気 2R終了 判定54-60 The CONTENDERS 2000 2000年7月1日
三宅靖志 3R終了 判定1-1 The CONTENDERS 1 1999年1月31日

主な獲得タイトル

  • 修斗第4代世界ウェルター級王座
  • 第2回 アブダビコンバット 77kg未満級 準優勝(1999年)
  • HERO'S 2006 ミドル級世界最強王者決定トーナメント 準優勝

人物

  • 2005年11月に結婚し、2006年8月に双子の男児が生まれた[3]
  • 自身の趣味から修斗在籍時代より自らTシャツなどのオリジナルデザインを手がけ、オリジナルアパレルショップ宇野商店(UCS)を立ち上げる。また、そのセンスを買われて近年ではファッションモデルとしても活躍、アパレルショップをもう1店舗立ち上げ、計2店舗をオーナー経営している。
  • 海外では「Uno Shoten」という自身の経営する宇野商店の名前そのままのニックネームを付けられている。
  • 横浜高校の同級生に、レスリング部の渋谷修身、ボクシング部の大和心、野球部の平馬淳高橋光信がいる。
  • 芸能人の友人も多く、同じ横浜高校出身の北川悠仁(ゆず)とは、雑誌やファンクラブ「ゆずの輪」会報などの対談を通し親しくなった。
  • プロレスにも適応でき、石澤常光との繋がりから、「BAPE STA!!」や「WRESTLE-1」(2002年11月17日)など、プロレス興行に参戦したこともある。
  • 試合の解説を務めることも多く、K-1の大会を観戦することも多い。
  • 2007年12月9日、ホノルルマラソンに挑戦し、完走した。
  • UFC代表のダナ・ホワイトがインタビューにおいて、宇野とは家族ぐるみで付き合いがあると語ったことがある。

脚注

関連項目

外部リンク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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