幻覚剤(げんかくざい、Psychedelic drugs)とは、脳神経系に作用して幻覚(現実には存在しない異常な感覚)を摂取者にもたらす薬物のことである。ハルシノジェン(Hallucinogen)や、サイケデリックス、エンセオジェン(Entheogen)とも呼ばれる。その幻覚体験はサイケデリックと形容される。宗教的な儀式や踊り、シャーマンや精神科医による心理療法に用いられる。宗教、文学作品や音楽、アートといった文化そのものに影響を与えてきた。20世紀に入ってから幻覚剤の化学合成やそれに伴う研究や使用が頻発し、特に1940年代から1960年代に大きく展開した。1960年以降、幻覚剤は濫用が問題視され、所持や使用が法律で禁止されているものも多い。日本では一部の既存の違法薬物と類似の構造をもつデザイナーズドラッグが1990年代後半に脱法ドラッグとして流通したが、その後取締りが強化され法律や条例による規制が行われていった。
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植物性のアルカロイドには、幻覚をもたらすものがあり、古来から様々な目的で用いられてきた。天然の植物の状態のものはナチュラルドラッグ、化学合成されたものはケミカルドラッグと呼ばれる。幻覚剤の作用成分は、脳内の神経伝達物質と類似の構造を持っている。
幻覚剤を摂取することによって、意識状態に変容が起こり変性意識状態といった意識の状態に導かれる。しばしば視覚や聴覚や感覚に幻覚を見せ、また聴いた音が視覚に影響するなど共感覚が起こることもある。そして、体験が終わったあとにも精神性に影響を与えることもある。幻覚剤の研究家であるテレンス・マッケナは、幻覚剤は6時間で5年分の心理療法をやってしまうドラッグだと表現している[1]。ハーバード大学での統計では200人ほどのうち、85%が人生においてもっとも啓示に富んだ体験であると感じている[2]。
幻覚をもたらす植物の発見や歴史的考察は、JPモルガン銀行の副社長で菌類の研究家であったロバート・ゴードン・ワッソン(以降、R・G・ワッソンと略記する)の貢献が大きい[3]。
アメリカ大陸のシャーマンはアヤワスカという飲料やサボテンのペヨーテを用いている。 ペルーでは幻覚成分のメスカリンを含むサボテンのサンペドロがある。アメリカ中西部やメキシコに自生するメスカリンを含むペヨーテは生や乾燥させて食され、サンペドロは煮詰めた成分が摂取される。アマゾン熱帯雨林のシャーマンは、植物を煮出してアヤワスカを作るが、これには、ジメチルトリプタミン(DMT)とモノアミン酸化酵素阻害薬であるハルマリンが含まれ、相互作用で効力を発揮する。アヤワスカは2-6時間前後効力を発揮し、その間は自我が停止するといわれる。
中米のメキシコには、幻覚をもたらす成分のシロシビンを含む俗にマジックマッシュルームと呼ばれるキノコが自生し、シャーマンにより宗教儀式や治療に用いられるている。アステカのナワトル語で神のキノコという意味のテオナナカトルとも呼ばれる。このようなキノコは、メキシコが16世紀初頭にスペインによって植民地化され、カトリック教会によって規制された。カトリック教会では、こうした幻覚は悪魔がもたらしていると考えたためである。日本に自生する幻覚性のキノコにはワライタケやヒカゲシビレタケがある。日本でも、『今昔物語集』の中でマイタケを食べ幸せな気持ちになって踊りだすというエピソードがあり、こうしたキノコとの関連も言及される。ほかの幻覚成分であるイボテン酸を含むキノコにはベニテングタケがある。
インドのヴェーダという聖典に登場する、霊感を与えるソーマという飲み物には幻覚作用があるといわれ、シロシビンを含むキノコかベニテングタケが入っていたのではないかと考えられている[4]。
古代ギリシャでは、毎年秋にエレウシスの秘儀を行う習慣が1000年以上も続いていた[4]。エレウシスの周辺の池には、リゼルグ酸を含む麦角菌が存在するので、これが幻覚剤としてエレウシスの儀式で使われたのではないかという見解もある[5]。
アフリカでは幻覚成分イボガインを含む植物イボガが宗教儀式に用いられていた。
R・G・ワッソンは幻覚剤についての研究考察を出版してきた。それらは1957年にベニテングタケがヨーロッパ民族に与えた影響を調査した Mushrooms, Russia and History、1969年にバラモン教聖典『リグ・ヴェーダ』に登場するソーマはベニテングタケであると主張する『聖なるキノコソーマ』(soma divine mushroom of immortality) 、1974年にメキシコのマジックマッシュルームについて調査である Maria Sabina and her Mazatec Mushroom Velada、1978年にはエレウシスの秘儀と麦角菌の調査である The Road to Eleusis である[3]。R・G・ワッソンの研究以前は植物の存在が公になっていなかったものも多い。
テレンス・マッケナは、『神々の糧』[6]や、『幻覚世界の真実』[7]のような著書でさまざまな幻覚性の植物や薬物について歴史的考察や文化への影響を分析している。
メスカリンは、1898年前後にドイツ人化学者のヘフターが発見し、1919年にE・シュペートが合成した。1912年、ドイツのメルク社がメチレンジオキシメタンフェタミン(MDMA)を合成したが社外に発表されなかった。1938年にスイスのサンドス研究所(現・ノバルティス)の化学者であるアルバート・ホフマンがリゼルグ酸ジエチルアミド(LSD-25)を合成し、その後5年間研究されなかったが1943年に再びとりあげたところ、おそらく指の皮膚から吸収され偶然に幻覚作用が発見された[8]。ホフマンによる幻覚の内容は、視覚に入るものは歪曲し、強烈な色彩が万華鏡のように変化し、音にあわせて視覚が変化するというものであった[9]。
1952年、アメリカの製薬会社であるパーク・デービス社により麻酔薬としてフェンサイクリジン(PCP)が開発された。1956年、チェコの化学者ステファン・ソーラはDMTを合成している[10]。
1950年代に、R・G・ワッソンは、メキシコのインディオの信頼を得て儀式で用いられているキノコを摂取したところ、幾何学模様の幻覚がもたらされた。1957年には、R・G・ワッソンとその妻は『ライフ』誌にその発見を掲載し大衆に広く認知されることとなった[10]。このキノコからパリとアメリカで幻覚をもたらす成分を抽出しようとしたが、成果が出ず、似たような幻覚を起こすLSDを合成したアルバート・ホフマンの元へ送られた。1958年[10]、ホフマンは抽出成分を動物実験で試すが反応が見られないため自分で摂取したところ、抽象的な形と鮮やかな色彩が激しく揺れ動き変化するという幻覚が起こったため幻覚成分として発見され、この成分にシロシンとシロシビンという名前をつけた[11]。ホフマンによれば、シロシン、シロシビンとLSDは似たような物質で違いといえば作用量と作用時間であり、LSDが8-12時間、シロシビンは4-6時間作用し、どれも脳内物質のセロトニンと近似の物質である[12]。
1962年にはパーク・デービス社はPCPの代用物として麻酔薬のケタミンを合成している[13]。ケタミンは一般的には獣医で用いられる麻酔薬だが、1時間ほど自我を停止させるという体験をもたらすとされる。
1960年代に、化学者のアレクサンダー・サーシャ・シュルギンがMDMAを合成したが他の強い作用をもたらす化合物を探していたため研究されず、1973年に別の研究者がサーシャの方法で合成し広まっていった[14]。 サーシャは、既存のドラッグの分子構造を若干変えた薬物であるデザイナーズドラッグを多く作り出したが、その中に幻覚剤も多く含まれている。サーシャは200種類あまりの幻覚成分やデザイナーズドラッグの合成方法や心理的な研究結果についてまとめた代表的な著作 PiHKAL[15] と TiHKAL[16] を出版している。デザイナーズドラッグのひとつである2-CBは、量が少ないときにはMDMAのような効果で、多い時にはLSDのような幻覚をもたらすともいわれる。
サーシャは2050年までに幻覚剤が新たに2000種類ぐらい増えるのではないかと述べている[17]。
1940年代にLSDが研究目的で出回りはじめ、1950年代には精神医学やアメリカ中央情報局(CIA)による洗脳や自白の実験のMKウルトラ計画でとりあげられ、このような研究は極秘で行われていた[18]。R・G・ワッソンがメキシコでキノコの調査をしていたときCIAの諜報部員につきまとわれるということがあり、ワッソンとホフマンによる迅速なシロシビン成分の特定がなければ公にならなかったかもしれないともいわれる[19]。
1950年代には、アルフレッド・M・ハバド大尉が世界平和に貢献すると思い、政治家や科学者や警察など広範に赤字でLSDを配った[20]。ハバド大尉が開発したLSDによる精神療法であるサイコリティック療法を精神科医のオズモンドが広めた[21]。
精神科医のハンフリー・オズモンドにハクスリー自らが幻覚剤のモルモットとなることを申し出[22]、1953年の春、幻覚剤のメスカリンによる実験が開始された[23]。その翌年1954年に『知覚の扉』が出版され、学者一族としての観察精神と作家としての筆の確かさを下地に、神秘主義者の認識と幻覚剤による体験を絵画への言及も通して哲学的に考察した。『知覚の扉』は、60年代の意識革命の発端として評価が高く、 ハーバード大学の幻覚剤の研究者であるティモシー・リアリーの意識革命の理論の素地となり、リアリーの後継的な存在であるのテレンス・マッケナにも大きな影響を与えた[23]。同じような頃、世界中で麻薬の使用実態を調べ実際に摂取していた[2]作家のウィリアム・S・バロウズは、友人のアレン・ギンズバーグにアヤワスカの体験について手紙を送っている[23]。バロウズによれば中毒性の強いモルヒネや阿片を麻薬と呼んで、幻覚剤と区別し、あらゆる幻覚剤は使用者に聖なるものとみなされ宗教的になるが麻薬はそうではないとしている[24]。
1956年、ハクスリーとの文通でハンフリー・オズモンドがサイケデリックという言葉を思いついた[25]。翌年1957年に、精神分析学会でこの言葉を紹介した[26]。
1959年に最初のLSDの国際会議が開かれたとき、CIAはLSDは人の精神を狂気に追いやると主張し、創造性を高めるといった心理学者による主張を否定した[27]。
LSDは1953年に発表されたDNAの二重らせん構造の着想を与えた[28]。LSDは、芸術家のアンディ・ウォーホルのアートにも影響を与えた[29]。
1960年代、ハーバード大学で幻覚剤の研究を行っていた心理学者のティモシー・リアリーが、刑務所の受刑者に対して行った臨床実験では、シロシビンの摂取によって神や愛について語られるようになり対立がなくなった[30]。ハーバード大学の研究者らは、次第にチベット仏教の経典の一つである『チベット死者の書』が幻覚剤の起こす幻覚体験のガイド本として非常に役に立つものだという見解に至り、幻覚剤を用いる内容に書き直し『チベットの死者の書-サイケデリック・バージョン』[31]として出版している。この本には、ティモシー・リアリーが研究してきたセットとセッティングの理論の、幻覚剤の摂取体験に際して、幻覚剤の選択と投与量や自他の心構えと周囲の環境が重要であるというということについても書かれている。1960年代には、LSDが大量に流通し幻覚体験がヒッピームーブメントの素地となっていた。こうしたムーブメントはサマー・オブ・ラブとも呼ばれる。LSDはアシッドと俗称されアシッド・ロックといった音楽シーンも作り出した。40万人を導引したロックフェスティバルのウッドストック・フェスティバルでもLSDが流通したといわれる。
1965年に、LSDを体験したオーガスタス・オーズリーは大学を中退しLSDの工場をつくり、オーズリーブルースと呼ばれるバッドマンの絵が描かれた高品質のLSDを安価を製造し世界中に流通した[32]。LSDは1966年にアメリカの法律で禁止された。オーズリーがFBIに逮捕されると、スカリーとオーズリーの弟のティムがその意思を引き継ぎ、オレンジサンシャインという名で流通させたが、起訴されたときにはスカリーはLSDの摂取によって心が優しくなるので流通させたとし、また製造したのはLSDではなくALD52という近似の化学構造を持った物質であると主張した[33]。
ジョン・グリッグスはティモシー・リアリーの著書を読み、永遠なる愛の兄弟団(The Brotherhood of Eternal Love)というLSDとマリファナを安価に流通させる組織を結成し、組織は国際的な麻薬流通組織となったが、グリッグスは猛毒のストリキニーネの混ざったシロシビンを摂取して死亡した[34]。ストリキニーネの混じった麻薬は殺害を目的として渡されるものである[35]。後にCIAのロナルド・スタークが永遠なる愛の兄弟団の代表となり、スイスの隠し金庫に稼ぎを預金していた。LSDの安価な製造法を開発し永遠の愛の兄弟団にその製造法を提供したリチャード・ケンプは、永遠なる愛の兄弟団の後継として1970年代にイギリスでLSDを流通させ、1970年代半ばに逮捕されたが、その裁判の公判記録によって安価なLSDの製造法が広まっていった[36]。歌手のジョン・レノンは、暗殺される直前にCIAはLSDによってわたしたちをコントロールしようとしたが結果として自由を与えた言っている[37]。
ニューメキシコ大学のリック・ストラスマンによれば、60人の被験者の半数近くがDMTの摂取によって地球外生物に遭遇したと主張している[38]。テレンス・マッケナは、DMTがエイリアンと遭遇する次元を誘発すると考えていた[39]。脳科学者でLSDやケタミンの研究を行っていたジョン・C・リリーはケタミンの摂取によって、地球外知性体とコンタクトしたと述べている[40]。アヤワスカの摂取によって異次元に行き、体の半分が人間以外の生物であるような存在に接触するといわれる[41]。
1970年代には、テレンス・マッケナが、マジックマッシュルームの栽培に関する本を出版し、アメリカでこうしたキノコの入手が容易になっていった。テレンス・マッケナは、リアリー本人にも「1990年代のティモシー・リアリー」と呼ばれるほどこうした意識革命の文化に影響力をもった存在になっていった[42]。
1960年代のLSDによるカウンター・カルチャーの若者は、コンピュータや先端科学も利用するカウンター・カルチャーであるサイバーパンクへと変容していった[43]。また、このリアリーを発端とする意識の自由を求める思想は1980年代以降も有力に機能しているとも評価されている[44]。WIREDといった雑誌やウェブサイトでその流れが継続されている。
MDMAは視覚に幻覚はもたらさず、共感性を高めるという特徴がある。心的外傷後ストレス障害(PTSD)の患者に対して共感性を高めるといわれるMDMAを投与する治療研究が行われた。1984年頃、アメリカのテキサス州で大量生産され流通したが、同年アメリカで違法薬物に認定された。
1980年代後半より、スペインのイビザ島で電子音音楽シーンからアシッド・ハウスとしてLSDが流通する音楽シーンとしてリバイヴァルされた。MDMAは、1980年代後半のイギリスのレイヴシーンに影響を与えた。これはセカンド・サマー・オブ・ラブとも呼ばれる。LSDだけでなくMDMA(エクスタシー)の使用も増加していった。レイヴシーンはその後、アメリカの主にサンフランシスコへ飛び火した。テレンス・マッケナによれば、レイブはハイテク化したヒューマンビーインである[45]。そして、2000年前後には、レイブシーンはドイツのベルリンで100万人以上が参加するラブパレードというイベントにも発展している。
1990年前後にはインドのゴアでしばしばLSDを用いて行われていたゴアトランスなどのダンス・パーティがサイケデリックトランスへと発展した。
作家のオルダス・ハクスリーは、著書『知覚の扉』の中で、ケンブリッジ大学の哲学者C・D・ブロードが哲学者のアンリ・ベルクソンを解釈した説をよりどころとしている[46]。人間は本来宇宙のあらゆることが知覚できるが、脳などの「減量バルブ」を通して個体の生存のために必要な情報だけに絞っている[46]。しかし、精神修行やメスカリンなどによってそれをバイパスさせ、超感覚的な知覚や異常な色彩感覚などを体験すると説明した[46]。リアリーによれば、そういった減量バルブは日常的な行動を起こすためには必要な機能である[47]
また、オルダス・ハクスリーは、幻覚剤は『聖書』に出てくる知恵の樹の実でバチカンなどの意識の管理者が使用を阻止してきた物質であり[48]、聖職者が歴史を通じて容赦なく弾圧してきたものである[49]。リアリーによれば、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教においては自分自身で考える人間が増え無秩序な状態になることを阻止して簡単なルールを教え、それを守らせることで秩序を保つことが権威者の目的であったので、意識を変化させる顕微鏡や望遠鏡、幻覚性のある植物を禁止してきたということである[50]。しかし、幻覚剤は大量の未知の情報のカオスをもたらし[51]、そうしたカオスは脳を再プログラミングする状態に整えてしまうという[52]
LSDを合成した化学者のアルバート・ホフマンは、幻覚剤による恍惚状態は宗教的な悟りに似ており、自我と外界との境界が取り払われ、創造主と被造物という二元論ではなく生命が一つであるということを体験させるので、瞑想を補助するのに使われるのがふさわしいと述べている[53]。
1986年に幻覚剤の研究協会のMAPS[54]や、1993年にメスカリンの発見者の名を冠したヘフター調査研究会[55]が設立されている。
ロシアの薬物乱用の専門治療を行う精神科医のエフゲニー・クルピツキーは20年間にわたり、麻酔薬のケタミンを幻覚剤として利用するアルコール依存症の治療を行ってきたが、111人の被験者のうち66%が少なくとも1年間禁酒を継続し、対象群では24%であった[56]などのいくつかの報告[57][58]がある。また、ケタミンはヘロインの依存症患者に対しても薬物の利用を中断する効果が見られた[59][60]。アヘンの禁断症状を減衰させるという報告もある[61]。1990年代の研究では、アヤワスカの摂取によって、アルコールや麻薬の常習や暴力行為を減らす傾向が見られた[62]。
MAPSの支援でPTSDや末期ガン患者の心理的な不安症状に対してMDMAの投与研究が行われた[63]。 2003年には、シロシビンを群発頭痛に治療投与する研究や、ヘフター調査研究会の支援した研究では強迫性障害の患者に対して良好な結果が得られた[64]。 PTSDに対してMDMAを投与する心理療法は何度か行われ良好な結果を得られており、2006年10月よりMAPSの支援により行われた研究では幸福感が高まり心理的トラウマに立ち向かうことができた[65]。 2008年にはMAPSの支援でLSDを病で死を目前にし精神的な意味を求めている患者に投与する研究が行われる[66]。
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