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後藤武敏

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後藤 武敏
埼玉西武ライオンズ #6
基本情報
国籍 日本
出身地 静岡県浜松市中区
生年月日 1980年6月5日(29歳)
身長
体重
176cm
84kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 左翼手三塁手一塁手
プロ入り 2002年 自由獲得枠
初出場 2003年3月28日
経歴(括弧内は在籍年)

後藤 武敏(ごとう たけとし、1980年6月5日 - )は、埼玉西武ライオンズ所属のプロ野球選手。ポジションは内野手(主に三塁手一塁手)、一軍では外野手(主に左翼手)でも出場する。


愛称はゴトタケGTグッさん(顔が山口智充に似ていることから)。

目次

人物

期待の右の長距離打者であるが、二軍での守備率が9割付近から上昇しないなど守備面で大きな弱点があった。また二軍では毎年好成績を残すものの、一軍に昇格すると打てなくなる状態が何年も続いており、「二軍の帝王」という不名誉なあだ名を返上できずにいた。

一軍では1年目の2003年に11本塁打を打って注目されたが、その後4年間に渡って本塁打が出なかった。さらに打率も低迷したが、2008年6月29日の本拠地での千葉ロッテ戦で実に5年ぶりとなる本塁打を放ち、さらに自身初となる1試合2本塁打を記録した。結局、2008年シーズンは出場試合数は2003年シーズンのおよそ半分であるにもかかわらず、自身2度目の2ケタ本塁打を記録した。2009年シーズンは規定打席到達を狙う。

ヒーローインタビューでは、アナウンサーの質問ごとに「そうっすね」と言うのが定番になっている。

来歴

中学時代

シニアリーグで全国準優勝した経歴を持つ。タレントの野久保直樹が一年後輩のチームメイトだった。

高校時代

横浜高校では松坂大輔(現・ボストン・レッドソックス)、小池正晃(現・中日ドラゴンズ)、小山良男(現・同球団ブルペン捕手)らと共に1998年第70回記念選抜高等学校野球大会及び第80回記念全国高校野球選手権大会に出場、主に3番打者として春夏連覇に貢献。なお、後藤の1年生時には既にベンチ入りしており、第78回全国高校野球選手権大会出場時にも、3回戦の福井商戦で9回に代打で登場しヒットを打っている。高校通算33本塁打。

ちなみに、高校の一年先輩にはタレントの上地雄輔がおり、後藤は羞恥心つるの剛士以外の2人と関わりを持っている人物である。

大学時代

法政大学では東京六大学2年春のリーグ戦で打率.445、本塁打2、打点14で三冠王を達成。ちなみに前年には同じく法大の廣瀬純(現・広島)が三冠王に輝いており、同一チームから2年続けて三冠王は史上初となった。

続く2年秋のリーグ戦でも首位打者となり、長崎慶一(法大、元阪神等)、広沢克己(明大、元ヤクルト等)に次ぐ史上3人目の2季連続首位打者であり、後藤の後に達成した選手はいない。ちなみに連続は考慮せず首位打者2回も9人目の最多記録。後藤の後には 鳥谷敬(早大、現・阪神)、大引啓次(法大、現・オリックス)が達成している。(2007年現在)。

4年秋の早大3回戦の9回に、早大先発の和田毅(現・ソフトバンク)から三振を喫したが、これが和田のリーグ戦通算444個目の奪三振となり、六大学記録を献上した。

リーグ通算73試合出場、258打数79安打、打率.306、8本塁打、52打点。ベストナイン3回。

法大野球部出身者がプロ野球ドラフト会議で西武に指名された事は江川事件の影響で1980年代1990年代は皆無だった。後藤に関しては21世紀2000年代で初めての出来事。

ちなみに法大の2年後輩には松坂大輔の実弟の松坂恭平


プロ入り後

2003年

故障で開幕に間に合わなかったアレックス・カブレラ(現・オリックス)に代わり、開幕戦で「ルーキーながらいきなり4番に座る」という快挙を成し遂げた。前半は打率3割を超え絶好調で、リストの強さを生かした打撃でクリーンナップに座った。後半やや失速したが、101試合出場・11本塁打とルーキーながら活躍し、期待に応えた。

2004年

5番一塁手で2年連続の開幕スタメンに起用されるが、故障の影響や貝塚政秀の台頭で出番は少なく、打率1割台と低迷した。

2005年

ホセ・フェルナンデスの開幕出遅れという絶好のチャンスが巡ってきたが、それを生かすことができなかった。しかし二軍では首位打者(.362)、打点王(58打点)、最高出塁率(.464)、最高長打率(.580)の4冠を獲得した。このことから「二軍の帝王」と呼ばれた。この成績にもかかわらず、一軍からは石井義人が一時首位打者に立つなど好調だったこと等もありなかなかお呼びがかからず、25試合出場・打率.205に留まり、8度の守備機会で4失策してしまった。9月24日福岡ソフトバンクホークス戦で、三瀬幸司から人生初となる逆転サヨナラ打を放ち、チームの24年連続Aクラスを決定させた。

2006年

三塁手のライバルである中村剛也がレギュラーに定着したこともあり、初めて1試合も1軍出場できなかった。2軍では本塁打がイースタン・リーグ6位の9本、長打率は5位の.447と快打を連発したが、1軍からは一度も声がかからなかった。

2007年

開幕一軍スタートだったがすぐに二軍落ち。ライバルの中村剛也の打撃不振で5月15日に再び一軍昇格したが、打率1割台と結果を残せなかった。二軍では打率.325でチームトップの本塁打と打点を記録したにもかかわらず、この年も一軍では活躍できなかった。

2008年

開幕二軍だったものの、二軍で打率.313、10本塁打と打撃好調で6月中旬に一軍昇格。6月29日のロッテ戦でルーキーイヤーの2003年以来実に5年ぶりとなる本塁打を放ち、さらに自身初の1試合2本塁打を放った。その後も好調な打撃を維持して五輪出場組の抜けたチームを支えた。終盤には調子の落ちたクレイグ・ブラゼルに代わり4番で出場することもあり、日本一に大きく貢献した。最終的には49試合に出場して打率.301、自己最多の本塁打12本の成績を残した。プロ入り後初めて外野手(レフト)も経験したが無難にこなした。クライマックスシリーズでは2本塁打と活躍。日本シリーズでは第一戦、上原浩治からバックスクリーンに同点ホームランを放って日本一に貢献した。

2009年

前年まで内野手として選手登録されていたが、この年から外野手登録となる。開幕は一軍だったものの腰を痛めて離脱、その後7月9日に一軍に昇格した。8月25日の楽天戦で初めてサヨナラ本塁打を打った。左翼手・指名打者・一塁手として出場し、打率.293、5本塁打を記録。前年同様シーズン中盤から一軍で好成績を残した。

エピソード

  • 2004年5月12日にサンマリンスタジアム宮崎で守備についた際、スコアボードで「原井」と誤って表示されていたことがある。これは球場の資料の背番号「6」が2年前のものだったため。
  • 2008年6月29日の千葉ロッテマリーンズ戦で、小林宏之から2003年以来となるバックスクリーン右への本塁打を放った。5回にもセンターへの本塁打を放ち、ヒーローインタビューでは2本のホームランについて「1本目は息子と嫁さんのため、2本目は親父と先日亡くなった母ちゃんのために打ちました。」とコメントし、涙ながらに「母ちゃん、やったぞ!」と叫びファンを感動させた。ちなみに、この日の試合は西武の前身である西鉄ライオンズのユニフォームを着て戦う『ライオンズ・クラシック』の2試合目で、奇しくも後藤の背番号6は西鉄の往年の主砲、中西太がつけていた背番号であった。
  • 2008年の打席入場曲は、かつて競輪で使用されていた「WAY TO VICTORY」(作曲は古賀義弥)。
  • 後藤の応援歌のメロディーは、3小節目と4小節目がG.G.佐藤の応援歌の終わりの2小節と全く同じである。
    • ちなみに、応援歌が現在のものになったのはG.G.佐藤と同じ2006年である。

詳細情報

年度別打撃成績
































O
P
S
2003 西武 101 272 252 30 66 15 1 11 116 44 1 2 0 1 17 2 2 57 9 .262 .313 .460 .773
2004 24 52 47 5 9 2 0 0 11 4 0 0 0 0 5 0 0 15 1 .191 .269 .234 .503
2005 25 47 39 4 8 4 0 0 12 3 0 1 0 0 8 0 0 11 1 .205 .340 .308 .648
2007 20 42 37 2 6 0 0 0 6 1 0 0 1 1 3 0 0 12 1 .162 .220 .162 .382
2008 49 184 166 34 50 14 0 12 100 27 0 0 0 0 16 0 2 31 3 .301 .370 .602 .972
2009 54 161 147 13 43 4 1 5 64 23 0 2 0 1 13 0 0 33 4 .293 .348 .435 .783
通算:6年 273 758 688 88 182 39 2 28 309 102 1 5 1 3 62 2 4 159 19 .265 .328 .449 .777
  • 2009年度シーズン終了時

背番号

  • 6 (2003年 - )

個人記録

  • 初出場:2003年3月28日 対日本ハムファイターズ1回戦(西武ドーム)
  • 初安打・初打点:2003年3月29日 対日本ハムファイターズ2回戦(西武ドーム) 2回裏金村曉から右前タイムリー
  • 初本塁打:2003年4月18日 対日本ハムファイターズ4回戦(東京ドーム) 8回表岩本勉から右翼席へ2ラン
  • 初盗塁:2003年7月23日 対オリックス・ブルーウェーブ17回戦(西武ドーム)

関連項目

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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