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評論は欧米においては「(個人が)物事をどう捉えるか・把握するか・判定するかを表明するもの」であったのであり、 日本にも近代になり欧米の「評論」が流入した。やがて「技術的に有用な多くの知見を持つことになった者がそれを社会へ提供・還元するもの」という面が強くなり、評論家の存在が前面に出てくるようになった。
評論家が対象とする事物には特に制限があるわけではなく、文学、政治、経済などあらゆる事物が評論の対象になる。そのため、毎年のように新しい肩書きの評論家が登場してくる。
評論家は多くの場合ある特定の分野だけを評論活動の対象としている。が、思想家や哲学者が、対象を限定せず広く批評・評論活動をすることもしばしばある。
評論の手法は研究対象などによって異なる。「評論家」と「批評家」の区別について、議論がある(参照:加藤典洋 『僕が批評家になったわけ』 など)。またスポーツでは、「評論家」と「解説者」の区別も問題になる。
評論家はフリーランスジャーナリストなどのライターが自称する場合が多い。評論家の多くは、その分野の真の意味での専門家(実行者、プロ)ではない。本当のプロであれば相応の肩書きがあり、「評論家」と名乗る必要がない。たとえば中曽根康弘や塩川正十郎の衆議院議員引退後の活動は政治評論そのものだが、彼らが政治評論家と名乗ることはないし、その必要もない。評論家の出自には以下のような場合が多い。
『評論家になろう』で紹介されている14人の評論家の出自は、出版編集関係6人、テレビ・ラジオ関係5人であり、元々なんらかの形でマスメディアに関わっていた・関わろうとした人間が多い[1]。
評論家にとってマスメディアは必要不可欠の存在である。文字媒体(新聞、雑誌、書籍、インターネットなど)やラジオ、テレビなどのメディア抜きでは、業としての評論家は成り立たない。
またメディアの側も評論家を必要としている。メディアは放送番組や記事、広告としての形式や内容を成立させるために、評論家の知識や信頼感を利用する。生放送などで台本を用意できない場合、特定の分野について多くの知識を持ち、その知識・経験を踏まえて、解説・意見をアドリブで話す事が出来る評論家は重宝される。評論家の解説・意見の責任は基本的には評論家にある。台本を用意しないことで、メディアは責任を回避する事が出来る[2][3]。
特にテレビの場合、評論家は画面の中に居るだけで、一定の信頼感を醸成することが出来る。放送局、番組制作会社にとっては便利な存在である。そのため、昨今ではメディアによって、評論家が粗製濫造されている。「逆神」と揶揄される評論家も現れ、マスコミ不信の一因になっている。
「:Category:評論家」、「評論家一覧」、「映画評論家一覧」、および「教育関係人物一覧」も参照
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“評論家”という肩書きは自称に過ぎず、政治評論家が、「政治アナリスト」と名乗っても問題はない。
また経済評論家がしばしば「エコノミスト」を自称するなど、特定の分野でのみ使われる別名もある。
さらには文化人と総称される場合、「論客」や「オピニオンリーダー」として紹介される場合もある。報道番組の「ワイドショー化」によって、専門分野以外のコメントを求められることも多く、コメンテーターとの区別は難しくなっている。
文芸評論家が作家に準ずる存在として扱われる場合がある。評論文それ自体が後に“文学作品”として扱われることもある。
ほとんどの分野では(ある段階では言語を活用するものの)、最終的には、なんらかの物質の次元での現実化、実証、あるいは身体を使っての実行というものが重んじられている。 ところが、文学の分野では、生み出されるものが、文字や言葉、あるいは観念ばかりである。つまり、他の分野のようには対象となる作品と評論の境界がはっきりしているわけではないからである。
だが、他の分野で真の専門家と評論家が同等には扱われないように、やはり文芸評論家は作家等とは同等には扱われない場合のほうが多い。
評論はその分野の発展に寄与することもあるが、一方で評論がその分野の発展を阻害する場合もある。
また、評論家がそれなりの実力(すなわち社会的影響力の強さ)を持つようになると、それを悪用して本来高水準である作品を低く評価したり、作者と評論家の交友関係や相性、すなわち個人的な好き嫌いによって不当に低い評価や過剰に高い評価を下すという事も否定できない。
ただしそのような不当な評価を繰り返した場合、その評価を下した評論家自身が「正しい判断の出来ない評論家」としてその権威を失墜してしまう事も考えられる。例えば映画評論家のおすぎ氏は同項目でもあるように極端に好き嫌いがはっきりした人物であり、その批評姿勢について他の同業評論家等から批判を受けている。
また、評論家の言動によっては、名誉毀損に当たるなどとされ、法律問題や訴訟にまで発展する場合もある。
自分で実行しないで他者の行為をあれこれ言う者を皮肉めかして「評論家」と呼ぶ。
通常、以下のような観念と結びつけられて理解されることが多い。
このような態度をシニカルに描いた小説として、筒井康隆の『俗物図鑑』(各種事象の“評論家”が登場)がある。
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