| 種類 | 株式会社 | |||
|---|---|---|---|---|
| 市場情報 |
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| 略称 | 日本テレビ、日テレ、NTV | |||
| 本社所在地 | 〒105-7444 東京都港区東新橋一丁目6番1号 |
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| 設立 | 1952年(昭和27年)10月28日 | |||
| 業種 | 情報・通信業 | |||
| 事業内容 | 放送法による一般放送事業、及びその他放送事業、放送番組の企画、製作及び販売、文化事業その他放送に関連する一切の事業 | |||
| 代表者 | 代表取締役会長 氏家齊一郎 代表取締役社長執行役員 細川知正 代表取締役相談役執行役員 久保伸太郎 |
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| 資本金 | 185億7500万円 | |||
| 総資産 | 連結:5292億6500万円 単独:4588億4500万円 (2007年3月期) |
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| 従業員数 | 連結:3338人 単独:1165人 (2009年12月末日現在) |
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| 決算期 | 3月31日 | |||
| 主要株主 | (株)読売新聞グループ本社 14.84% 讀賣テレビ放送(株) 6.20% 日本トラスティ・サービス信託銀行(株) 5.71% (株)読売新聞東京本社 5.37% (2009年9月30日現在) |
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| 主要子会社 | (株)日テレ・グループ・ホールディングス 100% (株)日本テレビアート 100% (株)バップ 53.0% |
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| 関係する人物 | 正力松太郎(創業者・初代社長) | |||
| 外部リンク | www.ntv.co.jp | |||
日本テレビ放送網株式会社(にっぽんテレビほうそうもう、Nippon Television Network Corporation)は、日本の放送事業者である。一般的には、略して、日本テレビ(にほんテレビ)、更に略し、日テレ(にっテレ、Nittele)などと呼ばれる。他に「NTV」(エヌティーヴィー)という略称もある。
| 日本テレビ放送網のデータ | |
|---|---|
| 英名 | Nippon Television Network Corporation |
| 放送対象地域 | |
| ニュース系列 | NNN |
| 番組供給系列 | NNS |
| 略称 | NTV AX |
| 愛称 | 日テレ、NTV |
| 呼出符号 | JOAX-(D)TV |
| 呼出名称 | にほんテレビ (デジタルテレビジョン) |
| 開局日 | 1953年8月28日 |
| 本社 | 〒105-7444 東京都港区東新橋一丁目6-1 |
| 演奏所 | #スタジオを参照 |
| アナログ親局 | 東京 4ch |
| ガイドチャンネル | 4ch |
| リモコンキーID | 4 |
| デジタル親局 | 東京 25ch |
| 主なアナログ中継局 | #アナログ放送参照 |
| 主なデジタル中継局 | #デジタル放送参照 |
| 公式サイト | 公式サイト |
(出資比率は自己株式を控除して計算)
詳細は呼出符号を参照
関東広域圏における地上放送以外に、以下のチャンネルを放送、供給している。
1966年に NNN(Nippon News Network)を、またNNS (Nippon television Network System)を形成し、各地の地方局と系列局関係を結んでいる。日本テレビの報道取材地域には関東広域圏の他に沖縄県が含まれる(沖縄県にNNN系列局がないため)。
開局以来長年「4チャンネル」「NTV」などを略称として使用してきたが、1995年前後よりキャンペーンコピーに「日テレ」を使用し始める。2000年12月には、開局した系列のBS日本のチャンネル名称を「BS日テレ」とした。
2003年の汐留移転を契機に、コーポレートロゴを「日テレ」とするなど、正式な略称・愛称として「日テレ」が採用された。なお、新聞・テレビ情報誌の番組表での表示は従来通り「日本テレビ」のままだが、デイリースポーツ東京版と番組の動画配信では「NTV」として表記されている。
業界ではCX(フジテレビ)、EX(テレビ朝日)、TX(テレビ東京)に合わせ「AX」と呼ぶこともある。渋谷には日テレが出資したライブスペースSHIBUYA-AX(シブヤ-アックス)があり、1990年代後半(読売新聞は~い朝刊の次番組)の土曜深夜にもずばり“AX”(読みは「アックス」)という番組があった。
ちなみに、ロシア、ネパール、ナイジェリア、ケニアのテレビ局「NTV」およびマレーシアのテレビ局「ntv7」とは無関係。
登記上の社名は「にほん」では無く「にっぽん」と読むのが正しい。(これはNHKの場合と同様。ただし、アナウンサーも「にほんテレビ」と読むことが多く、鳩の休日を始めとする局名告知においては全て「にほんテレビ」で統一されている)
世界的建築家リチャード・ロジャースが基本構想を手掛けた。建物外部四隅に柱を露出させた理由は、容積率緩和措置を受けるため。その他、地上2階の受付前フロアを自由通路とすることによっても容積率緩和措置を受けている。 なお、日本テレビタワーの19階から24階は一般のテナントビルとして賃貸しており、19階は日テレグループ各社や海外テレビ局の東京支局、20階から24階には一般企業が入居している。また系列の準キー局・讀賣テレビ放送の東京支社が2009年11月に汐留シティセンターから日テレタワー22階に移転し、全国のテレビ局で唯一在阪準キー局の東京支社が在京キー局の本社が入居するビルに“同居”する格好となった。
建設前の敷地では、『進め!電波少年』、『雷波少年』における長期ロケ企画のロケ地として使用されていた。
また、麹町からの移転直前には、『ぐるナイ』の“ゴチになります”オープニングとスペシャル料理の選択権を決めるゲームも行われた。
詳細は「マイスタジオ」を参照
※すべてハイビジョン対応。
詳細は麹町分室を参照
汐留・日テレタワーに本社が移転された後も、旧本社社屋は麹町分室として北本館にある2つのスタジオに限り、引き続き使用している。日テレで最大面積を誇るGスタジオがあることから、主に観客入れや出演者が多い番組が収録されている。また制作部門の一部デスクは分室に留まっている。なお麹町分室は「日テレ麹町ビル」としてリニューアルし、旧西本館が一般テナントビルとして使用されている。また、BS日テレ・CS日本の本社と送出マスターもここにある。
麹町分室は「西本館」、「南本館」、「北本館」、「カラーセンター」の4棟から成り立っており、カラーテレビ放送開始に伴い建設された「カラーセンター」が後に新築された南本館と合体化された。しかし旧「カラーセンター」棟は老朽化が激しく、2003年に本社移転を契機として使用を中止した。
2004年に日本テレビの本社機能はデジタル放送に対応するため、開局以来本社を置いていた千代田区二番町(通称:麹町)から港区東新橋(通称:汐留)に移転した。
しかし、移転後に本社機能・テレビ収録を全て旧社屋から新社屋にシフトしたTBSやフジテレビとは違い、日本テレビは麹町社屋がさほど老朽化していない事や、新社屋の敷地面積が他の在京民放の社屋より狭いことなどから、本社機能と報道・情報番組制作、一部のバラエティー番組制作のみが『日テレタワー』にシフトし、バラエティー番組の大半が汐留に本社を移した現在も『麹町分室』で制作されている。
これらを踏まえると、新社屋『日テレタワー』は地上波放送の番組送出や報道・情報系の制作・送出に主点を置いた施設で(一部のバラエティー番組も収録・放送はしている)、旧社屋『麹町分室』はバラエティー番組の収録・生放送、BS・CS放送の番組送出に主点を置いているともいえよう(アークヒルズに本社を移転していた当時のテレビ朝日に近い。この事例は大阪の毎日放送でもあった)。
ちなみに『麹町分室』で制作された番組は『日テレタワー』(汐留社屋)に光ファイバーでHD/SD転送されてローカルマスターを経由して日本テレビの親局である東京タワーから送出し放送されたり、ネットマスターを経由して全国の系列局に送出される。逆に『日テレタワー』で制作したBS・CSの番組は『麹町分室』に光ファイバー転送されてそれぞれのマスターを経由して放送される。
詳細は生田スタジオを参照
生田1から生田3まで3つのスタジオがあり、ドラマと『ものまねグランプリ』など一部の特別番組の収録を行っている。すべてハイビジョン対応。 災害時の送出機能も備えている。スタジオ技術は子会社のNiTRo(旧NTV映像センター)が請け負っている。
正式社名が日本テレビ放送網であるように、元々は一社で日本全国にテレビネットワークを形成することを目的として設立された。東京に中央放送局としてメインスタジオとマスターを置き、大阪や名古屋、札幌、福岡など主要都市に放送局を設置。拠点間は独自に通信網を設置してマイクロウェーブで結び、テレビ放送で使用しない帯域は通信目的として賃貸、またファクシミリ新聞などに使用する事としていた。同社は放送事業のみならず、通信事業の民営化も目指していたことになるが、この構想(正力構想と呼ばれる)は当時の郵政省に一蹴され、結局関東地区のローカルテレビ局として開局する事となる。正力構想が実現していれば、現在の日本国内の民放の仕組みは異なるものになっていた可能性がある。
開局当初、テレビ受像機のない家庭が殆どであったため、広告媒体としての民放テレビをアピールすべく、首都圏の主要箇所に街頭テレビを設置。テレビ普及に役立てた。また、麹町局舎横のテレビ塔を展望目的に一般へ公開。東京タワーができるまでは観光名所となっていた。
プロ野球やプロレス中継などのスポーツ番組や『なんでもやりまショー』などのバラエティー番組に強みを持ち、ラジオ東京テレビ(現在のTBSテレビ)開局後も営業成績では上回っていた。特に後楽園スタヂアム(現在の東京ドーム)と独占中継権を結んだのが有利に働いた。
日本民間放送連盟には、当初加盟しなかった。電波の送信もNHKや他の民放とは異なり、東京タワーではなく自社鉄塔からの送信を継続した。すべては自社こそテレビのパイオニアであることを自負していたからであるが、東京タワーより低い麹町の自社鉄塔からの送信は、局舎周囲に高い建物が増加するにつれ難視聴地域を拡大させた。このため、正力は新宿区東大久保に用地を確保。東京タワーの2倍の高さを誇る、通称「正力タワー」を構想するが、のちに頓挫する。
しかし、読売新聞社主の正力松太郎が社長を務めていることで、大阪の完全系列局である読売テレビの開局が「大阪読売新聞」の部数増に繋がったことなどの事例もあり、いくら強いコンテンツを持っていても「読売色」を警戒する地方局が多く、ネットワーク形成ではTBSの後手に回ってしまう。このため報道が手薄になり、かつ番組販売も芳しくなかった。加えて上記の通り難視聴地域が増加したこと、さらに肝心の自社制作番組そのものが不振となり、1960年代半ばから業績は下降。
正力の死後、粉飾決算の公表や東京タワーへの送信所移転、名古屋地区の単独ネット化、読売新聞への完全系列化、ラジオ日本との提携など正力の娘婿である小林與三次の手で改革が行われた。しかし、一連のバラエティー番組が気を吐いて視聴率は持ち直したものの、依然として巨人戦に頼った編成のため、全体ではまだ「民放の雄」と呼ばれたTBSに及ばずといった感は否めなかった。朝枠に情報番組を投入し、夕方の報道番組も強化。ようやく持ち直した視聴率も1980年代当時、「軽チャー路線」で成功し視聴率3冠王に輝いていたフジテレビの後塵を拝し、現場では「どうすればフジテレビに勝てるのか」を常に研究していたという。
そんな中で日本テレビが打ち出したのがとにかく視聴者が興味を持つ内容を番組制作や内容に盛り込むことで、高い視聴率を確保しようというものである。また、視聴率を強調することも含めた形で始められた番宣バラエティ『TVおじゃマンボウ』を開始することで、視聴者へのPRを行った。
1990年代は1980年代末に発足した社内チーム「クイズプロジェクト」を機にバラエティ番組『クイズ世界はSHOWbyショーバイ!!』・『マジカル頭脳パワー!!』が登場。早朝5時台に『あさ天5』を立ち上げ、『ジパングあさ6』や『ズームイン!!朝!』など報道・ワイドショーが人気コンテンツとなる。1993年夏頃から、バラエティー番組や巨人戦中継などの人気番組を持つ日本テレビは、以前から「三冠王」だったフジテレビをついに追い抜くと、その勢いも次第に強まっていった。1994年~2002年に9年連続「年度視聴率四冠王」(ゴールデン・プライム・全日にさらにノンプライムを加えての表現)を達成した。更に、「月間四冠王」は46ヶ月連続となり、民放最高記録も樹立することを達成し、「民放界の雄」として一時代を築き、君臨し続けた。
しかし2003年度には、巨人戦視聴率の低下によるプライムタイムでの視聴率低迷の結果、「プライムタイム」が2位になり、「三冠王」の一角をフジテレビに奪われた。そして2004年度(2004年4月~2005年3月)の調査では、ついに全部門2位となり「三冠王」のタイトル全てをフジテレビに奪われた。2000年代は『火曜サスペンス劇場(火サス)』や『おもいッきりテレビ』・『きょうの出来事』といった長寿番組が終了し、リニューアルを図る。
2008年から2年連続でノンプライム帯での年間視聴率首位を獲得している。
日本テレビは日本のテレビ業界においても、新しい放送媒体を積極的に早く導入し、導入するや否やその媒体を用いた放送を業界では1番多くの時間放送している事でも有名である。カラー放送、音声多重放送、ワイドクリアビジョン放送、データ放送、ワンセグ放送独自番組放送(非サイマル放送)も、日本の民放では日本テレビが初めてであった。最近ではBS11(日本BS放送)が中心となって普及を促進している、3D立体映像(3Dコンソーシアム)にNHKテクニカルサービスと日テレの系列局でもある札幌テレビと共に参加している。
ビデオ・オン・デマンド事業にもテレビ局としては早く参入し、日本初のテレビ局主導のインターネット動画配信サービス第2日本テレビを運営している。完全無料化も功を奏し、テレビ局が運営するビデオ・オン・デマンドサービスの中で再生回数トップを誇り、2009年1月には単月黒字化に成功した。
ホームページの充実にも積極的に取り組んでおリ、公式ホームページアクセス数も在京民放テレビ局の中で首位を獲得している。
近年環境問題に関して積極的に取り組んでいる。2003年3月に「日テレ・エコ委員会」を発足させ、在京民放キー局として初めてISOの環境マネジメントシステム規格ISO 14001の認証を取得したほか、2004年から毎年6月5日の世界環境デーを含む1週間を「日テレ系ecoウィーク」と題し、期間中は番組やイベントを通して環境問題を提起している。
現在、東京民放キー局の中では唯一時代劇やサスペンスドラマ(火サス)・刑事ドラマの制作を行わず(いずれも制作を中止)、再放送枠も設けていない[6]。連続ドラマはヒット作には恵まれても制作数は少なめ。ドラマコンテンツはBS日テレや日テレプラスでも再放送している。海外ドラマについては韓国などアジア圏のドラマをBS日テレ等で放送するパイオニアでもある。1990年代以降の主な再放送枠で放送するコンテンツは、バラエティ番組や情報番組・連続ドラマの再放送やPR番組、アニメ(新作放映が中心)など。
在京キー局の中では系列局制作の番組が多いが、関東ローカル・日本テレビのみで放送する番組も多いのが特徴。また『歌スタ!!』は在京キー局の中で深夜番組としては最初にデータ放送を導入した番組である。
鉄道運行情報をデータ放送でお知らせしているテレビ局でもあるが[7]、JR線の運行情報をJR東日本公式でお知らせしているのは日本テレビだけである。[8]
かつては、他の民放キー局に比べて収入全体に占める放送収入の割合が著しく高い状態であったが、近年は映画事業、通販事業、イベント・文化事業などによる放送外収入も好調である。
本社
関西支社
伝統的に、巨人戦を中心としたスポーツ中継やバラエティ番組を得意としており、1960年代から1970年代に掛けて『光子の窓』、『シャボン玉ホリデー』、『ゲバゲバ90分』などの名番組を制作。その後1980年代には目立つバラエティ番組が無く視聴率そのものも低迷した(詳しくは視聴率争いを参照)ものの1990年代にはその勢いを取り返した。その反面で一時期までは『ロンパールーム』や『カリキュラマシーン』などの教育番組にも取り組んだ。
アニメについても、『ルパン三世』、『それいけ!アンパンマン』や系列局読売テレビ制作の『名探偵コナン』、『夢色パティシエール』などを放送。スタジオジブリ制作の映画作品にも加わるなど、アニメ史に残る作品を輩出して来た。
しかし、前述のように2003年まで視聴率三冠王を達成してきた日本テレビも90年代の黄金期を築いた番組の視聴率が低下しはじめると、続々と人気番組の打ち切りを決定。 黄金期以前からの番組も例外ではなく、2001年3月に20年近く続いた平日午前のワイドショー『ルックルックこんにちは』を終了させたのを皮切りに朝の情報番組『ズームイン!!朝!』(22年)、サスペンスドラマ番組『火曜サスペンス劇場』(24年)、夕方の報道番組『NNNニュースプラス1』(18年)、お昼の生活情報番組『午後は○○おもいッきりテレビ』(20年)といった番組を次々と打ち切っていった。ついには52年間続いた民放テレビ局最長寿の報道番組『NNNきょうの出来事』にもメスが入り、結果ここ数年で日テレのタイムテーブルはほとんど塗り替えられた。
近年は同時期から開局当時からの「ドル箱番組」だった巨人戦中継の視聴率が低迷し、ついに2006年には年間平均視聴率が1桁を記録するようになった。これにより視聴率とスポンサーの点で特に大きく依存してきた日テレは大きなダメージを受けた。対策として東京ドームの巨人主催ゲームの数試合をNHKや他の民放に開放したり、あるいはBS日テレへ移行したりして地上波の中継は縮小傾向にある。
番組の開始時間を00分の定時ではなく、55分や57分などのいわゆるフライングスタートをキー局でいち早く導入した局であり[9]、現在では他局でも多用されているが、2008年10月からはテレビ東京と同じように、月~金曜日の21時枠の番組を20:54開始に統一すると言う思い切った編成も行っている[10]。しかし、系列局への配慮として20:54からは放送内容の告知を中心とした『もうすぐ○○(タイトル名)』と言う名称のミニ番組扱いとなり、実質21時から番組本編が始まる。ただし、特番の多い改編期は20:54から番組本編が始まる事もある。
1970~90年代初頭にかけ、当時のプロデューサー岡田晋吉を中心に『太陽にほえろ!』、『大都会シリーズ』、『俺たちの勲章』、『われら青春』、『俺たちの旅』といった刑事アクションや青春ドラマを量産。一時代を築くと共に、松田優作、中村雅俊、柴田恭兵ら多数のスターを発掘した。また、水谷豊主演による『熱中時代』、『事件記者チャボ!』などのスタジオドラマも軒並み高視聴率を獲得。これらの作品群は“日テレドラマ”と形容され、現在も高い評価を得ている。バブル崩壊以降は前述のようにバラエティ路線への偏向傾向が強まり、ドラマ枠そのものが次々に廃止される中で、社会現象となった『家なき子』や『金田一少年の事件簿』『ごくせん』などで堅調な成果を残し続けている。
2010年3月現在、全国ネットの連続ドラマ枠は水曜22時・土曜21時の2本。これは他局に比べて少ないが、高視聴率を記録するドラマも少なくない。日本テレビの主なテレビドラマの初回延長は原則15分である。
配役の傾向として、一度自社のドラマ、映画で好評だった俳優を多く起用する傾向があり、定期的に出演している。
再放送は2000年以降の作品を放送することが多く、それ以前のものを放送することはめったにない。本編放送後、翌週に再放送することもある。
日本テレビの番組の特徴として、大規模なてこ入れが多いことがあげられる。
例えば『伊東家の食卓』は生活に役立つ「裏ワザ」を紹介する内容にしてから視聴率が上向き、『エンタの神様』は歌やマジックなどを取り入れた総合エンターテインメント番組からお笑いに特化した番組に変化することで視聴率が上昇。いずれの番組も開始から数ヶ月は不振だったものの新機軸を入れることにより視聴率が上向いた成功例として知られる。
しかし、てこ入れによってかえって視聴率を低下させることもしばしばで、例えば『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』では、「ウリナリ芸能人社交ダンス部SP」や「ポケットビスケッツ」等の企画が好評を博したが(「~社交ダンス部」のコンセプトはその後『シャル・ウィ・ダンス?~オールスター社交ダンス選手権~』に受け継がれる)、人気が低迷し「レギュラー陣入れ替え」をしたものの振るわず終了。
また、人気番組だった『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』も、初代司会者逸見政孝のガン闘病による降板後番組名と内容変更を繰り返し番組コンセプトを見失ってしまい低迷し終了してしまった。
『伊東家の食卓』も放送10年目にリニューアルしたが、このときは「裏ワザ」がほとんど紹介されなくなり視聴率が低迷。もって半年後に終了してしまった。
他のキー局に比べ、系列局(NNS)が全国ネットの番組を制作する機会が多い。
2010年3月現在、大阪の読売テレビのアニメ枠2本・『秘密のケンミンSHOW』(木曜21:00)・『ダウンタウンDX』(同22:00)・『木曜ナイトドラマ』(同23:58)、月曜から金曜昼の『情報ライブ ミヤネ屋』、土曜8:00からの『ウェークアップ!ぷらす』(一部地域を除く)などを制作。名古屋の中京テレビが『フットンダ』・『カウントダウン・ドキュメント 秒ヨミ!』(共に一部地域を除く)を制作している。
かつては深夜のバラエティー枠『ZZZ』を系列局に開放し、札幌テレビ(『爆笑問題のススメ』など)、山口放送(『三宅裕司のドシロウト』など)、テレビ岩手(『フライデーナイトはお願い!モーニング』)、広島テレビ(『松本紳助』など)、福岡放送(『新型テレビ』など)が制作に参加した。
また、系列の中には年1~2回のペースで全国ネットの単発番組を制作している局がある。
日本テレビのアナウンサーは、編成局コンテンツプロモーションセンターアナウンス部に所属する。
日本テレビの新人アナウンサーは他のキー局より比較的デビューが遅いといわれている。これは他局の新人アナウンサーのデビューが年々早くなっているためで、日本テレビでは新人アナウンサーの研修を旧来どおり秋ごろまで行ってからデビューという形をとっている。
局の特徴として、アナウンサーを放送とは直接関係ない別部署に異動させる事が多々ある。 そのため、このリストの中には現役の日テレ社員が多数いる。
ここでは報道局でニュースを担当するキャスター(元アナウンサー)を挙げる。
(『スター誕生!』出身者は除く)
ほか
備考:最近の日本映画は「製作委員会方式」で作られる作品が主流で、日テレが制作・出資に関わる映画は、準キー局の読売テレビ放送、親会社の読売新聞、さらに基幹系列局も制作委員会に名を連ねている作品が多い。
報道局は、政治部・経済部・社会部・外報部・映像取材部・ニュース編集部・報道番組部・ニュース制作部の8部署からなり、汐留・日テレタワー5階の報道局を中心に業務を行っている(報道フロア 340坪)。海外の放送局を模しレールカメラを配置した報道フロアをはじめ、パーマネントセットを配置した放送スタジオも完備している。CS放送・日テレNEWS24(旧NNN24)のスタジオもここにある。この報道局内設備もすべてHDに対応している。ニュース映像素材は最近ではHDカメラによる取材や現場からの中継も行っており、民放キー局としてはTBSテレビに次いで、報道取材においてのHDの導入が早く、今では日本テレビの放送エリア内の取材は、ほぼ全面的にHD化されている。
札幌テレビ放送(STV、ただし道央圏を含め未だSD取材の比率が多い)・青森放送(RAB、県内と東京・大阪の支社支局網もHD化完了)・テレビ岩手(TVI)・秋田放送(ABS)・宮城テレビ放送(MMT)・テレビ新潟(Teny)・静岡第一テレビ(SDT)・北日本放送(KNB、県内全支社網もHD化完了)・テレビ金沢(KTK)・福井放送(FBC)・讀賣テレビ放送(ytv)・四国放送(JRT)・西日本放送(RNC)・広島テレビ放送(HTV)・山口放送(KRY)・南海放送(RNB)・高知放送(RKC)・福岡放送(FBS)
ここに載っていない他の同系列局も、HD取材を始めている所は多い。だが、支社・支局網を含めた報道取材の全面HD化は、局によってまちまちである。
他の地方民放局のHDで取材された映像も、インターネットで映像ファイルにて送ったり、NTTコミュニケーションズ等のハイビジョン・デジタル・ネット回線の上り送出回線やSNGによるハイビジョン中継車(衛星中継を含む)等が地方局に常設されていれば、日テレ制作報道番組での利用が容易に可能となる(HD-SNG中継車は共同購入により系列全局に配備されているが、送出回線についてはクロスネット局など一部の局ではSD画質のままである)。
報道スタジオは5階報道局に隣接して置かれ、サブは3つある。主にNEWS1サブでは地上波、NEWS2サブは日テレNEWS24で使用される。この他に素材収録用の簡易サブもある。
ニュース映像の収録・編集は4階のCVセンター、テロップ・CGなどの制作は4階のテロップセンターで行われている。
地方局が取材したニュースについては取材した系列局のテロップを「NNN」と併記して表示する(連名で表示する場合もある)。重大な事件・大規模な事故・災害の取材の際、地元局以外の系列局の支援を受け共同取材する場合や、高校野球等系列各局が集結して取材を行う場合は「NNN取材団」と表示する。この表示は地上波放送各種ニュース番組・日テレNEWS24ともにおこなわれている。
NNN系列各局や海外メディア配信へのニュース配信を行う「ニュースチャンネル」が6Fにある。 ニュース配信を行う送出設備の他VTR編集室・カメラ1台の顔出し設備がある。
選挙特番における出口調査を導入したのは日本テレビ報道局が初である。
番組については、一覧を参照。
2009年7月に発足した部署。2006年に従来の編成本部が制作局と名称を変え、その中の部署も一新された。実質、その編成本部の前の編成局が復活したようなもの。新しい部署として、「ドラマ制作部」、「CP班グループ」、「業務部」が作られた。また、新たに「スポーツ・情報局」が発足し、スポーツ番組や情報番組はこのスポーツ・情報局の担当となった。更に2009年7月の組織改正により制作局が廃止され、バラエティー局、ドラマ局に分割された。
「日本テレビ・バラエティー局ドラマ局制作番組の分野別一覧」も参照
具体的に制作されている番組の種類は次の通り。
制作局と共に2006年に「スポーツ・情報局」として発足した部署。従来の編成本部の制作していたスポーツ番組や情報番組がこの部署の制作担当となった。その後、2007年7月の組織改正により、スポーツ局と情報エンターテインメント局に分割された。スポーツ局には「CP班グループ」と「スポーツ企画推進部」、情報エンターテインメント局には「CP班グループ」がそれぞれ作られた。具体的な制作番組については日本テレビ・スポーツ・情報局制作番組の分野別一覧も参照のこと。
具体的な制作番組は以下の通り。
1988年・1990年2度に渡り帝拳プロモーションや電通とのタイアップでマイク・タイソンを招聘し統一世界ヘビー級タイトルマッチを開催。
系列放送局各社に関しては、「NNN」及び「NNS」の項目を参照。
他
他
他
●…ハイビジョンカメラ
現在
過去に設置
沖縄県はアメリカ占領下の1960年前後に相次いで開局した沖縄テレビ、琉球放送の2局とも拘束性の強い単独ネットで開局した。前者はフジテレビとの資本提携で開局し、九州などの第2局がフジテレビ・日本テレビ・テレビ朝日の3局クロスで開局したのを尻目に、NHK沖縄放送局の前身の沖縄放送協会開局後、1969年に正式に単独ネット局に。後者は草創期の九州のネット回線の都合からTBS系列に加盟しJNN協定でクロスネットが認められなかったためであった。なお、沖縄テレビを開局させた同社初代社長、具志頭得助氏はフジテレビの前に日本テレビを訪れ、「時期尚早」と断られている[12]。
その後1989年に設立され、日本テレビ系列の南西放送を開局する予定だったが、民放テレビ第3、4局の周波数が割り当てられていたこともあり、琉球朝日放送(テレビ朝日系列)とともに1995年秋の同時開局が有力視されていた。ところが、日本テレビの沖縄進出凍結に伴って計画は頓挫し、1999年には沖縄県の民放テレビ第4局用の周波数割当そのものが取り消された。(宮崎県内でも、3局目を日本テレビ系で開局する予定で社屋用地も取得していたが、諸事情で計画が頓挫し周波数割当そのものが取り消された)
現在は日本テレビで放送されている番組の一部は沖縄テレビ(フジテレビ系列)(『土曜サスペンス劇場』→『ドラマ・コンプレックス』→『火曜ドラマゴールド』、『NTV土曜ドラマ』などの番組提供付きの番組などを放送)と琉球放送(TBS系列、一時期は「木曜スペシャル」を同時ネットしていたが、現在は主に夕方枠・深夜枠でローカル扱いの番組で放送)で放送されている。またCS★日テレで日本テレビの番組を沖縄でも見ることができたが、2000年9月の放送終了に伴い、ほとんどの日本テレビの番組がリアルタイムで見られなくなってしまった。
NNS非フルネット(マストバイ)局
クロスネット局(太字はメインの系列)
その他
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