楼閣(ろうかく)とは、重層の建築物をいう。たかどの、高楼のこと。塔と類義であるが、塔は本来仏塔を指し、tower の訳語としての塔は近代に入っての用法である。それ以前の高層建築は一般に楼閣、高楼という呼称が用いられていた。
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日本における楼閣建築の始まりは弥生時代の望楼(見張り台)に求められる。しかし一般的には重層の建築物はほとんど利用されず、外見上重層である仏塔も一階のみに部屋を設け二階以上は屋根だけをかける場合が多かった。貴族の邸宅に見られる寝殿造、書院造も平屋建てを前提とした様式であった。室町期以後、禅宗の隆盛とともに大陸風の楼閣寺院、茶室が出現する。重層建築は意匠として重要であったほか、眺望が利く高層部は天下を睥睨する意図も併せ持っていた。京の金閣、銀閣はその代表であろう。一方、軍事的必要性、及び戦国大名の一円支配強化から望楼を起源とする「天守」(天守閣)が現れ、城郭建築の象徴として一世を風靡することとなる。他方、寺院における楼閣建築も日本独自の発展を見せ、西本願寺の飛雲閣など優れた木造楼閣が現れることとなる。近世に至ると都市部の旅館(旅籠)では土地の有効利用の目的もあって二階に客間を設けるものが多くなる。老舗旅館の「○○楼」や「○○閣」といった名称はその名残であろう。明治維新を迎えると浅草凌雲閣(浅草十二階)など煉瓦造のものが現れるが、これはもはや「高層ビル」といっていいものであろう。
以上を「京の三閣」といい、これに
を加えて「京の四閣」といい、
を加えると「京の五閣」と称される。
「楼」(=樓)とは重層の建物、「閣」とは御殿や櫓など高所の建造物を意味し、これらを総称して楼閣という。中国では国家的大事業の記念や政治的示威の目的をもって、多くが河畔、臨海に建設された。また、城門には城楼が併設されるのが常であったため、これらも貴重な楼閣遺構として見ることが出来る。木造のものとして最古の遺構は984年、遼代に建立された独楽寺観音閣(天津市薊(けい)県)である。
河畔に佇む大廈高楼は多くの詩家にも好んで詠まれ、李白の「黄鶴楼送孟浩然之広陵」や、崔顥(約704年-754年)の「黄鶴楼」など興趣に富んだ佳作を生むこととなった。
以上は「江南の三大名楼」と呼ばれている。 これに蓬莱閣を加えて「中国四大名楼」という。
城郭に付随する楼閣は総称して「城楼」と呼ばれ、多くは防御用の理由で城壁上に築かれる。それらには以下のようなものがある。
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![]() 09:58 | 2009年 田原本町桃太郎会 津島神社盆踊りでの太鼓演奏 楼閣太鼓 |
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