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浅田真央

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オリンピック
フィギュアスケート
2010 女子シングル
浅田 真央
Mao ASADA
2010年世界選手権の表彰式にて
基本情報
代表国: 日本
生年月日: 1990年9月25日(19歳)
出生地: 愛知県名古屋市
身長: 163 cm[1]
体重: 47
コーチ: 未定 (2010-)
元コーチ: タチアナ・タラソワ (2008-2010)
ラファエル・アルトゥニアン (2006-2008)
山田満知子 (2000-2006)
樋口美穂子
伊藤朋子[2]
門奈裕子[3]
振付師: ローリー・ニコル
タチアナ・タラソワ
ジャンナ・フォレ(Shanetta Folle)
元振付師: リー=アン・ミラー
樋口美穂子
所属クラブ: 中京大学
ISU パーソナルベストスコア
トータルスコア: 205.50 2010 バンクーバー五輪
ショートプログラム: 75.84 2009 国別対抗戦
フリースケーティング: 133.13 2007 世界選手権

浅田 真央(あさだ まお、ラテン文字:Mao Asada、1990年9月25日[4] - )は、日本フィギュアスケート選手(女子シングル)。2010年バンクーバーオリンピック銀メダリスト。2008年2010年世界選手権優勝。四大陸選手権優勝2回、GPファイナル優勝2回。姉は同じくフィギュアスケート選手の浅田舞

目次

人物

愛知県名古屋市生まれ。名古屋市立高針小学校、名古屋市立高針台中学校、中京大学附属中京高等学校卒業。中京大学体育学部に在学中[5]。名前の真央は、父親が女優の大地真央のファンであったことに由来する[6]血液型はB型。[7]

尊敬しているフィギュアスケート選手は伊藤みどり。かつては伊藤の衣装を着用して競技に臨んだこともあり、「みどりさんの衣装を着るといつも調子がいい」と語っていた[8]長野オリンピック金メダリストのタラ・リピンスキーにも憧れの言葉を寄せており[9]、リピンスキーの演技を見て自身もオリンピックに出たいと思うようになったという[10]。趣味はジグソーパズルレゴ制作[11]

愛犬は、2005年世界ジュニア選手権で優勝した際に買ってもらったトイ・プードルの「エアロ」。名前はネスレの菓子ブランド名AERO(エアロ)に由来し、同製品のイメージキャラにも選ばれた[12]。2007年のジャパンスーパーチャレンジではエアロを抱いて滑った[13]。大の犬好きでありながら犬アレルギーでもある[14]。2007年にはエアロが「ティアラ」「小町」を出産した[15]。前者は浅田が、後者は姉のが命名した[16]

技術・演技

アクセルを含む6種類の3回転ジャンプを競技会で用いている。しかし、3回転サルコウは苦手であり、3回転ルッツはエッジエラーが目立つようになったため、最近はプログラムから外している。フリップ-ループの連続3回転もループの回転不足が目立つようになったため五輪シーズンから外した。この結果、高得点を稼げるジャンプの種類を減らしてしまい、より高難度の3回転アクセルに拘らざるを得なくなった [17]

3回転アクセルは小学生のうちから挑んでおり[18]、2003年の中部ブロック大会(ノービスA)では3回転アクセル-2回転トウループのコンビネーションに成功した[19]。2008年のグランプリファイナルでは、フリースケーティング(フリー)で女子選手として初めて3回転アクセルを2度成功させた[20]ショートプログラムでも3回転アクセルを取り入れている[21][22]。3回転-3回転のコンビネーションジャンプも得意としている。2007年グランプリファイナルのフリーでは、2種類の3-3回転に成功した(3回転フリップ-3回転ループ、3回転フリップ-3回転トウループ)。2010年のバンクーバーオリンピックでは、女子選手としては初めて、オリンピックのショートプログラムで3回転アクセルを成功させている[23]。また女子選手として初めて、SP・FS合わせて3度の3回転アクセルを成功させた。しかし、このコンビネーションジャンプに関しては2本目のジャンプの高さと美しさに欠けるという指摘があり、結果として加点評価は伸びなかった[17]

一方で、あまり難易度が高くないとされている3回転サルコウを苦手とし、2008-2009シーズンまで長い間プログラムに取り入れていなかった[24]が、NHK杯で成功させた。また、アウトサイドエッジで踏み切らなければいけないルッツはインサイドエッジからの踏み切る癖があり、2007-2008シーズンより厳格化されたルールによりエラーエッジ判定を受けていた。同シーズン終了後に矯正に取り組み[25][26]、2008-2009シーズンのNHK杯など、エラーエッジと判定されない3回転ルッツも見られるようになったが、まだまだ練習中である。

これから挑戦してみたい技として4回転ジャンプを掲げている[11]。2006年世界ジュニア選手権では直前まで4回転ループを取り入れることを検討していたが[27]、結局見送っている。一時は4回転サルコウも跳んでいたという[19][28]。しかし、遅くとも2013-2014シーズンまでには4回転ジャンプを習得して、2014年ソチオリンピックに望むことになった[29]。実際に2010年現在、4回転ループの練習を稀に行っている[30]

柔軟性が高く、スピンスパイラルシークエンスのポジションが多彩である。スピンは軸の安定性にも定評がある。片手ビールマンスピンを得意としているが[4]、レベル認定を受けにくいことなどを理由に2007年世界選手権-2008シーズンは取り入れなかった。しかし2009年エリック・ボンパール杯以降は再び取り入れている。

2009年世界フィギュアスケート国別対抗戦のSPにおいて、サーキュラーステップシークエンスでレベル4を獲得した[22]

経歴

生い立ち~ジュニア時代

5歳の時、姉のと共にスケートリンクに遊びに行き、スケートと出会う。舞と共に門奈裕子コーチが教える名東フィギュアスケートクラブに入会。当時、同クラブには安藤美姫も所属していた。3歳から12歳までは越智久美子によるバレエのレッスンを受けていた[31][32][33]

2000-2001シーズンからグランプリ東海クラブに所属し、山田満知子・樋口美穂子両コーチに師事[3]。小学6年生の時に特例で出場した全日本選手権で不完全ながら3回転-3回転-3回転のコンビネーションジャンプ(3回転フリップ-3回転ループ-3回転トウループ)を跳び[34][3]、「天才少女」と呼ばれた。

全日本ノービス選手権では、2000-2001シーズンから2001-2002シーズンまでBクラスで、2002-2003シーズンから2003-2004シーズンまでAクラスで、それぞれ2連覇を達成した。

2004-2005シーズン、ジュニアグランプリ (JGP)で出場した3戦すべてで優勝し、ジュニアデビューを飾る。JGPファイナルでは女子ジュニア史上初の3回転アクセルに成功。国内では全日本ジュニア選手権で初優勝し、シニアクラスの全日本選手権でも2位となった。世界ジュニア選手権でも初出場初優勝を果たしてシーズンを締めくくった。

シニア移行~世界選手権優勝

2005-2006シーズン、グランプリシリーズ中国杯で2位で自身のシニア国際大会デビューを飾る。2戦目のエリック・ボンパール杯でグランプリシリーズ初優勝。グランプリファイナルでは世界女王のイリーナ・スルツカヤを破り、日本代表選手として村主章枝以来2人目の優勝を果たした。全日本選手権では女子シングル史上初となる2度の3回転アクセルに成功(ISU非公認)したが、他のジャンプにミスがあり2位となった。連覇が期待された世界ジュニア選手権でもジャンプのミスが響き2位に終わった。トリノオリンピック出場を期待する声もあったが、ISUの定めた年齢制限に87日足りず、代表資格を得られなかった。

2006-2007シーズン、舞と共に拠点を米国ロサンゼルスに移し、ラファエル・アルトゥニアンに師事する。NHK杯で総合得点199.52点のISU歴代最高得点を叩き出して優勝。グランプリファイナルは、フリーのジャンプで2度転倒して2位に終わった。地元名古屋開催の全日本選手権では右手小指を骨折しながらも初優勝。東京開催の2007年世界選手権ショートプログラム (SP)で出遅れたが、フリーで当時のISU歴代最高得点を出して銀メダルを獲得した。同大会のフリーでは、演技構成点の5つの要素のうち「スケート技術」「演技力」「曲の解釈」の3つの項目で8点台を得るなど、表現面でも高い評価を受けた。

2007年夏にロシアに渡り、タチアナ・タラソワの下でのバレエなどに取り組みを通じて表現力や芸術性の強化に力を注いだ。2007-2008シーズンのグランプリシリーズは2戦とも優勝し、3季連続出場のグランプリファイナルではSP6位から巻き返して2位となった。全日本選手権のSPで、同シーズンにミスが続いていた3回転フリップ-3回転ループを成功させる。フリーでは冒頭の3回転アクセルが1回転半になったが、2連覇を達成した。

同年12月、慣れない海外生活での心労[35]や、5月に中京大学のフィギュア専用リンクが完成し、国内で練習に専念できる環境が整ったことを理由に、練習拠点を米国から愛知に戻す。アルトゥニアンは定期的に来日することになっていたが、四大陸選手権の直前に電話で「責任を持てない」と伝えられたため、師弟関係を解消した[35]


2008年四大陸選手権で初出場初優勝。だが、この大会後に左足首を傷めてしまう[36]。コーチ不在のうえ足首の怪我が完治していない状況下で臨んだ[37]2008年世界選手権では、フリー冒頭の3回転アクセルに入ろうとした所で大きく転倒したものの、その後は落ち着いて演技をまとめ[38]て逆転優勝。日本人選手5人目の世界女王となった。

現在

2008年6月、タチアナ・タラソワに師事することを発表。振付担当のアシスタントコーチとして、ジャンナ・フォレがサポート。7月からスポンサー企業であるウィダーのサポートにより専属のトレーナー管理栄養士がつくことになった[39]。2008-2009シーズンの初戦、エリック・ボンパール杯は2位。NHK杯ではフリーで2度の3回転アクセルに挑戦。2度目が回転不足と判定されたものの、他の出場選手に大差をつけて優勝した。韓国で開催されたグランプリファイナルでは完全アウェーの中[40]、国際大会では女子史上初となる2度の3回転アクセルに成功、3季ぶり2度目の優勝を果たした。全日本選手権は3連覇を達成。世界選手権では、SPで3回転フリップ-3回転ループが認定される一方、3回転ルッツが2回転になって出遅れた。フリーは再び2度の3回転アクセルに挑んだが、転倒や小さなミスが重なり、総合4位でシニア国際大会では初めて表彰台落ちを経験した。世界フィギュアスケート国別対抗戦2009ではショートプログラムで3回転アクセルのコンビネーションに成功し、フリーとの合計得点が201.87点[41]を記録し、国際大会で自身初の200点超えを達成し、女子シングル1位となった。このシーズンはジャンプの回転不足が厳しく判定される傾向にあったため、3回転-3回転が成功と見なされないことが多く苦心した[24]。また、グランプリファイナルの優勝後に「のミスに助けられた」という日本のマスコミの評価[42]がある事を聞いて落ち込み、一時期は練習の意欲を失った。世界選手権では連覇の重圧も加わった。メンタル管理の難しさも浮き彫りになったシーズンとなった[40]


2009-2010シーズン、グランプリシリーズでは、3回転アクセルが6回中1回しか成功せず、エリック・ボンパール杯は2位、ロステレコム杯はシニアワーストの5位に沈み、グランプリファイナル進出を逃した。全日本選手権では、4連覇達成とともにバンクーバーオリンピックの日本代表選手に決定した。韓国で開催された四大陸選手権では、競技前に妨害予告を受けたり[43][44]盗撮の被害にあいつつも[45]、フリーで2度の3回転アクセルを成功させ優勝[46]バンクーバーオリンピックでは、ショートプログラムで1度、フリースケーティングで2度の3回転アクセルを決め、銀メダルを獲得した[47][48]。このメダルにより、2大会連続で日本人選手がメダルを獲得することとなった。尚、1つの競技会中に3度の3回転アクセルを成功させたのは女子シングル史上初であり、ギネス世界記録にも認定されている[49][50]。オリンピック後、タチアナ・タラソワコーチを総コーチとして、日本人を軸とした新たなコーチを選任する旨の報道がなされる。世界選手権では、オリンピック金メダリストの金妍兒を破って2年ぶりに金メダルを獲得[51]。世界選手権2度の優勝は日本人初。

2010年5月、2010-2011シーズンのフリープログラムの振付師にローリー・ニコルを再び起用することを発表[52]。また6月にはジャンプ専門のコーチとして荒川静香本田武史らを指導した長久保裕が就任することを発表した[53]

主な戦績

大会/年 2002-03 2003-04 2004-05 2005-06 2006-07 2007-08 2008-09 2009-10
オリンピック 2
世界選手権 2 1 4 1
四大陸選手権 1 3 1
世界国別対抗戦 1
全日本選手権 7 8 2 2 1 1 1 1
GPファイナル 1 2 2 1
GPNHK杯 1 1
GPロシア杯 5
GPエリック杯 1 1 2 2
GPスケートカナダ 1
GPスケートアメリカ 3
GP中国杯 2
世界Jr.選手権 1 2
全日本Jr.選手権 4 4 1
JGPファイナル 1
JGPウクライナ記念 1
JGPスケートロングビーチ 1

詳細

2009-2010 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2010年3月22日-28日 2010年世界フィギュアスケート選手権 (トリノ) 2
68.08
2
129.50
1
197.58
2010年2月14日-27日 バンクーバー五輪(バンクーバー) 2
73.78
2
131.72
2
205.50
2010年1月27日-30日 2010年四大陸フィギュアスケート選手権(全州) 3
57.22
1
126.74
1
183.96
2009年12月25日-27日 第78回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) 1
69.12
1
135.50
1
204.62
2009年10月22日-25日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯(モスクワ) 6
51.94
5
98.34
5
150.28
2009年10月15日-18日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ) 3
58.96
2
115.03
2
173.99


2008-2009 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2009年4月16日-18日 2009年世界フィギュアスケート国別対抗戦東京 1
75.84
1
126.03
1
201.87
2009年3月23日-29日 2009年世界フィギュアスケート選手権(ロサンゼルス) 3
66.06
4
122.03
4
188.09
2009年2月2日-8日 2009年四大陸フィギュアスケート選手権(バンクーバー) 6
57.86
1
118.66
3
176.52
2008年12月25日-27日 第77回全日本フィギュアスケート選手権(長野) 2
65.30
2
117.15
1
182.45
2008年12月10日-14日 2008/2009 ISUグランプリファイナル(高陽) 2
65.38
1
123.17
1
188.55
2008年11月27日-30日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(東京) 1
64.64
1
126.49
1
191.13
2008年11月13日-16日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ) 2
58.12
2
109.47
2
167.59


2007-2008 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2008年3月17日-23日 2008年世界フィギュアスケート選手権(ヨーテボリ) 2
64.10
2
121.46
1
185.56
2008年2月11日-17日 2008年四大陸フィギュアスケート選手権(高陽) 1
60.94
1
132.31
1
193.25
2007年12月26日-28日 第76回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) 1
72.92
2
132.41
1
205.33
2007年12月13日-16日 2007/2008 ISUグランプリファイナル(トリノ) 6
59.04
1
132.55
2
191.59
2007年11月15日-18日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ) 1
56.90
1
122.90
1
179.80
2007年10月25日-28日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ケベックシティ) 3
58.08
1
119.58
1
177.66


2006-2007 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2007年3月19日-25日 2007年世界フィギュアスケート選手権(東京) 5
61.32
1
133.13
2
194.45
2006年12月27日-29日 第75回全日本フィギュアスケート選手権(名古屋) 1
71.14
1
140.62
1
211.76
2006年12月14日-17日 2006/2007 ISUグランプリファイナル(サンクトペテルブルク) 1
69.34
4
103.18
2
172.52
2006年11月30日-12月3日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(長野) 1
69.50
1
130.02
1
199.52
2006年10月26日-29日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(ハートフォード) 1
68.84
4
102.39
3
171.23


2005-2006 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2006年3月6日-12日 2006年世界ジュニアフィギュアスケート選手権(リュブリャナ) 1
113.58
2
56.10 
2
97.25
2
153.35 
2005年12月23日-25日 第74回全日本フィギュアスケート選手権(東京) - 3
66.64
3
121.46
2
188.10
2005年12月16日-18日 2005/2006 ISUグランプリファイナル(東京) - 1
64.38
1
125.24
1
189.62
2005年11月17日-20日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ) - 1
63.96
1
118.46
1
182.42
2005年11月3日-6日 ISUグランプリシリーズ 中国杯(北京) - 2
62.92
3
113.68
2
176.60


2004-2005 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2005年2月26日-3月3日 2005年世界ジュニアフィギュアスケート選手権(キッチナー) 1
112.32
1
60.11
1
119.13
1
179.24
2004年12月24日-26日 第73回全日本フィギュアスケート選手権(新横浜) - 4
60.46
2
106.36
2
166.82
2004年12月2日-5日 2004/2005 ISUジュニアグランプリファイナル(ヘルシンキ) - 1
57.91
1
114.92
1
172.83
2004年11月20日-21日 第73回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(大阪) - 1
54.56
1
117.57
1
172.13
2004年9月30日-10月3日 ISUジュニアグランプリ ウクライナ記念(キエフ) - 1
56.24
1
86.75
1
142.99
2004年9月9日-12日 ISUジュニアグランプリ スケートロングビーチ(ロングビーチ) - 1
50.14
1
87.88
1
138.02


2000-2004 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2003年12月25日-26日 第72回全日本フィギュアスケート選手権(長野) 6 8 8
2003年11月22日-23日 第72回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(京都) 4 4 4
2002年12月20日-22日 第71回全日本フィギュアスケート選手権(京都) 9 7 7
2002年11月23日-24日 第71回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(名古屋) 3 4 4
2001年11月23日-24日 第70回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(東京) 8 6 6

プログラム

シーズン SP FS EX
2010-2011
タンゴ
作曲:アルフレット・シュニトケ
振付:タチアナ・タラソワ
愛の夢
作曲:フランツ・リスト
振付:ローリー・ニコル
バラード第1番ト短調
作曲:フレデリック・ショパン
振付:タチアナ・タラソワ
2009-2010
[54]
仮面舞踏会
作曲:アラム・ハチャトゥリアン
振付:タチアナ・タラソワ
前奏曲「鐘」
作曲:セルゲイ・ラフマニノフ
振付:タチアナ・タラソワ
カプリース
作曲:ニコロ・パガニーニ
振付:タチアナ・タラソワ
2008-2009
[55][56][57]
月の光
作曲:クロード・ドビュッシー
振付:ローリー・ニコル
仮面舞踏会
作曲:アラム・ハチャトゥリアン
振付:タチアナ・タラソワ
ポル・ウナ・カベサ
作曲:カルロス・ガルデル
パジャドーラ
作曲:フリアン・プラサ
振付:タチアナ・タラソワ
シング・シング・シング
作曲:ルイ・プリマ
振付:ローリー・ニコル
2007-2008
[58]
ヴァイオリンと管弦楽のためのファンタジア 映画『ラヴェンダーの咲く庭で』より
作曲:ナイジェル・ヘス、演奏:ジョシュア・ベル
振付:タチアナ・タラソワ
幻想即興曲
作曲:フレデリック・ショパン
振付:ローリー・ニコル
ソー・ディープ・イズ・ザ・ナイト
ボーカル:レスリー・ギャレット
2006-2007
[58]
ノクターン 第2番変ホ長調 作品9の2
作曲:フレデリック・ショパン
振付:ローリー・ニコル
チャルダッシュ
作曲:ヴィットーリオ・モンティ
振付:ローリー・ニコル
ハバネラ 歌劇『カルメン』より
作曲:ジョルジュ・ビゼー
ボーカル:フィリッパ・ジョルダーノ


虹の彼方に 映画『オズの魔法使い』より
ボーカル:エヴァ・キャシディ
2005-2006
[6][4][58][59]
歌劇『カルメン』より
作曲:ジョルジュ・ビゼー
振付:山田満知子、樋口美穂子
スノーダンス[60]
振付:リー=アン・ミラー
くるみ割り人形
作曲:ピョートル・チャイコフスキー
振付:ローリー・ニコル
虹の彼方に 映画『オズの魔法使い』より
ボーカル:エヴァ・キャシディ
振付:ローリー・ニコル
2004-2005
[6][58]
虹の彼方に 映画『オズの魔法使い』より
作曲:ジョン・ウィリアムス
振付:リー=アン・ミラー
風変わりな店
作曲:ジョアキーノ・ロッシーニ
オットリーノ・レスピーギ

振付:リー=アン・ミラー
ピック・ユアセルフ・アップ 映画『スイング・タイム』より
作曲:ジェローム・カーン、ボーカル:ナタリー・コール
振付:山田満知子、樋口美穂子
2003-2004
[61]
オーケストラ組曲「マイ・ガール2」
作曲:クリフ・エイデルマン
振付:山田満知子、樋口美穂子
ワルツ・スケルツォ ハ長調Op. 34
作曲:ピョートル・チャイコフスキー
振付:山田満知子、樋口美穂子
ハバネラ 歌劇『カルメン』より
作曲:ジョルジュ・ビゼー
振付:山田満知子、樋口美穂子
2002-2003
[61]
セイ・ヘイ・キッズ
振付:山田満知子、樋口美穂子
インカダンス&アンデス
by クスコ
振付:山田満知子、樋口美穂子
-
2001-2002
[61]
セイ・ヘイ・キッズ
振付:山田満知子、樋口美穂子
インカダンス&アンデス
by クスコ
振付:山田満知子、樋口美穂子
-

スポンサー

メディア出演等

テレビ

CM

2010年のバンクーバーオリンピックで銀メダルを獲得後のCMの出演料は1本7000万円と推定されており、女子アスリート選手の中では一番高い。[62]

その他

2006年3月31日、ナゴヤドームで行われた中日ドラゴンズ広島東洋カープの開幕戦で舞とともに始球式を務めた。「くるみ割り人形」の曲をバックに特注のコスチュームで登場し、谷繁元信捕手に投球。野球観戦は初めてだったそうで再登板を希望していた。

2007年4月6日、姉の舞と日本とカナダの観光での交流を推進する「日加観光親善大使」に任命され、冬柴鉄三国土交通相とジョセフ・キャロン駐日カナダ大使と共に記者会見を開いた。

2010年4月15日、天皇皇后両陛下が主催され、東京元赤坂赤坂御苑で開かれた春の園遊会に招待され、両陛下と和やかに懇談した。懇談後、記者に「お会いできてすごく光栄でした。本当に優しい方だと思いました」と感想を述べた[63]

2010年4月23日、総理官邸に招待され、内閣総理大臣鳩山由紀夫と初対面し、地方自治体などの財源縮小でスケートリンク場が減り続けている現状などを訴えた[64]

出版物

関連書籍

  • 浅田真央、15歳(文藝春秋、2006年)- ISBN 9784163682303
  • 浅田真央、16歳(文藝春秋、2007年)- ISBN 9784163696409
  • 浅田真央、17歳(文藝春秋、2008年)- ISBN 9784163709208
  • 浅田真央、18歳(文藝春秋、2009年)- ISBN 9784163720302
  • 浅田真央―age 15‐17(文藝春秋、2009年)- ISBN 978-4167773120
  • 真央らしく(朝日新聞出版、2009年)- ISBN 9784022505088
  • 浅田真央 奇跡(ミラクル)の軌跡~ファースト・フォトブック(新書館出版、2010年)- ISBN 9784403310577
  • 浅田真央公式写真集 MAO(徳間書店、2010年)- ISBN 978-4198628932
  • 浅田真央物語 Princess Mao (角川書店、2010年)- ISBN 978-4046310897
  • 浅田真央 POWER&BEAUTY(小学館、2010年)- ISBN 978-4093881210

関連CD

  • 浅田舞&真央 スケーティング・ミュージック(EMI Music Japan)
  • 浅田舞&真央 スケーティング・ミュージック2008-09(EMI Music Japan)
  • 浅田舞&真央 スケーティング・ミュージック2009-10(EMI Music Japan)

受賞

日本オリンピック委員会

その他

  • 名古屋市スポーツ功労賞
  • 愛知県スポーツ功労賞
  • 2005年国際競技大会優秀者表彰(文部科学省
  • 2005年度第20回中日体育賞(中日新聞
  • 2005年度第40回ビッグスポーツ賞(テレビ朝日
  • 2005年度日本スポーツ賞 奨励賞(読売新聞
  • 2007年国際競技大会優秀者表彰(文部科学省)
  • 2008年国際競技大会スポーツ功労者顕彰(文部科学省)
  • 2008年度朝日スポーツ賞(朝日新聞

Sports@nifty  フィギュアスケートアワード

  • 2007 コスチューム・オブ・ザ・イヤー ショートプログラム『ノクターン』
  • 2008 フィギュアスケーター・オブ・ザ・イヤー
  • 2008 コスチューム・オブ・ザ・イヤー フリープログラム『幻想即興曲』(四大陸&世界選手権バージョン)
  • 2009 フィギュアスケーター・オブ・ザ・イヤー
  • 2009 プログラム・オブ・ザ・イヤー フリープログラム『仮面舞踏会』(振付/タチアナ・タラソワ)

脚注

  1. ^ 公式サイトProfile
  2. ^ 『日本女子フィギュアスケート オフィシャル応援ブック』実業之日本社、2004年11月、p.79
  3. ^ 『フィギュアスケート日本女子ファンブック2009』扶桑社、2008年12月、p.8
  4. ^ 『フィギュアスケート選手名鑑 2006』新書館、2005年12月、p.20
  5. ^ 『ワールド・フィギュアスケート 36』新書館、2009年2月、p.19
  6. ^ 『日本女子フィギュアスケート オフィシャル応援ブック2006』実業之日本社、2005年10月、p.91
  7. ^ フジテレビ関西テレビ共同制作、フジテレビ系列『Mr.サンデー』2010年4月18日放送分より
  8. ^ 八木沼純子著『日本フィギュアスケート 氷上のアーティストたち』日本経済新聞社、2005年11月、p.163
  9. ^ 宇都宮直子著『浅田真央、15歳』文藝春秋、2006年4月、p.92
  10. ^ 『浅田真央、15歳』p.120
  11. ^ 公式サイトのプロフィール
  12. ^ ネスレプレスリリース
  13. ^ 斎藤貴子編『フィギュアスケート07』毎日新聞社、2007年4月、p.30
  14. ^ 2005年3月にフジテレビで放送された世界ジュニアフィギュアスケート選手権の総集編では、ペットショップで犬を見て「目がかゆい」と言っている映像が流された。しかし、トイプードルは毛が抜けにくく匂いも少ないため犬アレルギーの人でも反応が出ない事も多い。
  15. ^ [1]
  16. ^ 2008年4月4日放送、TBSテレビ「はなまるカフェ」出演時の発言より。ちなみに「ティアラ」達と同時に産まれた雄犬は、近親交配の危険性を考慮して生まれてすぐに東京のブリーダーに預けられており、後に飼い主によって「アクセル」と名付けられている
  17. ^ ジャンプの質と種類で劣る=大差つけられた浅田〔五輪・フィギュア〕
  18. ^ 松岡修造著『Stay Gold フィギュアスケート編』ナナ・コーポレート・コミュニケーション、2003年4月、p.201
  19. ^ 『little wings 新世代の女子フィギュアスケーター8人の素顔』双葉社、2003年12月、p.118
  20. ^ 『WFS36』p.4
  21. ^ 2006年世界ジュニア選手権SPジャッジスコア
  22. ^ 2009年国別対抗戦SPジャッジスコア
  23. ^ 3回転アクセルをオリンピックの大会で成功させたのは、伊藤みどりと浅田の2人だけである。他の国際大会を含めてもこの2人のほかにトーニャ・ハーディングリュドミラ・ネリディナ中野友加里の3人を加えた5人しかいない。
  24. ^ 「まるごと安藤美姫」『読売新聞』夕刊、第4版、2009年2月23日、第4面
  25. ^ 『フィギュアスケートDays Plus 2008-2009女子シングル読本』ダイエックス出版出版、2008年9月、p.9
  26. ^ 『ファンブック2009』pp.5-6
  27. ^ 『浅田真央、15歳』p.29
  28. ^ 『氷上のアーティストたち』p.165
  29. ^ msnスポーツ (2010年3月4日). "真央、室伏教授の4回転講義受ける". 産経新聞社. 2010年3月8日閲覧。
  30. ^ msnスポーツ (2010年3月3日). "真央、ライバル引退でもソチでヨナに勝つ". 日刊スポーツ新聞社. 2010年3月8日閲覧。
  31. ^ 『浅田真央、15歳』p.36, p.120
  32. ^ 「トップ選手 こぞって導入 美技の秘密はバレエ」『東京新聞』11版S、2010年2月25日、26面
  33. ^ 1億人の大質問!?笑ってコラえて!」(日本テレビ系) 2009年5月13日放映分にて
  34. ^ 『little wings』p.118
  35. ^ 『日本女子フィギュアスケートキャラクターブック 2008-2009』マガジンハウス、2008年10月、p.6
  36. ^ 「浅田真央 奇跡の軌跡」p68
  37. ^ 「浅田真央 奇跡の軌跡」p68
  38. ^ 『キャラクターブック 2008-2009』pp.5-6
  39. ^ 浅田真央「栄養・トレーニング」サポートプロジェクト[2]
  40. ^ 真央19歳、「金」の鐘鳴らせ…GPシリーズ開幕へ2009年10月14日 読売新聞
  41. ^ ISU World Team Trophy 2009 Day Three International Skating Union Press Releases 18/04/2009 (PDF)
  42. ^ 浅田真央とキム・ヨナの比較報道に誤り、「とくダネ!」が謝罪。2008年12月18日14時29分 ナリナリドットコム
  43. ^ 真央に嫌がらせ予告!それでも魅せた3回転半ジャンプ…フィギュア「スポーツ報知」2010年1月27日 韓国のネット上で「(真央の)演技直前に奇声を発してやろう」「みんなでサイン攻めにしろ」など、真央の試合の邪魔を呼びかけるような書き込みが相次ぎ、SPが警護につく事態となった
  44. ^ 真央に妨害予告!屈強ガードマンついた!
  45. ^ 【フィギュア】浅田真央“盗撮騒動” 韓国側が謝罪「産経スポーツ」2010年1月29日
  46. ^ フリーのプロトコルセカンドの2Tは回転不足と判定された
  47. ^ 1位は歴代最高得点のキム・ヨナであるが、このキム・ヨナの高得点は一部で疑問視されている。カナディアン・プレス紙(The Canadian Press)はキムの優勝を伝える記事中にて、リレハンメル&長野五輪銀メダリストのエルビス・ストイコの呈した得点に関する疑問を紹介している。
    『しかし、少なくとも一人のベテランスケーター、かつてのカナダ人メダリスト、エルビス・ストイコはキム・ヨナの点数が高すぎると提起している。彼は浅田がトリプルアクセルを成功し - 彼女は競技にて常にトリプルアクセルを成し遂げているたった一人の女性である - そしてキムの簡単なトリプルルッツよりも少ない点数しか得ていないことを指摘した。』
    "But at least one veteran skater, former Canadian medallist Elvis Stojko, suggested that Kim's marks were too high. He noted that Asada had successfully landed a triple Axel - she's the only woman who executes them regularly in competition - and got fewer marks than Kim's easier triple Lutz."
    Kim Yu-Na on path to gold
  48. ^ 韓国では、浅田の得点は高すぎるとの声があがっておりメディアもニューヨークタイムズの報道を引用、海外メディアも浅田真央選手の高得点に懐疑的であると報じている。一方の日本では、ネット上でキム・ヨナ選手の演技はすばらしいと認めながらも、男子の競技に出ても十分戦えるほどの高い得点はおかしいとの見方がある。浅田真央選手の点数は高すぎ?韓国では疑問視する声
  49. ^ 「浅田の3回転半がギネス認定 = 新たな勲章『早く見たい』」時事通信、2010年4月11日更新、同日閲覧
  50. ^ フィギュアスケート界において日本勢では、「もっとも高得点をとったフィギュアスケーター」として認定された伊藤みどり、女子シングルで初めて4回転ジャンプに成功した安藤美姫に続く3人目の認定である。
  51. ^ バンクーバーオリンピックに続き、本大会でもキム・ヨナの高得点には一部で疑問が呈されたが、浅田は総合でそれ以上の得点を獲得、優勝した。
    中国メディアでは、「完璧な演技を見せた浅田真央選手の(フリースタイルの)点数がキム・ヨナ選手よりも低かったとき、会場からはため息が聞こえた」とし、表彰台でキム・ヨナ選手に送られた拍手は、金メダルを獲得した浅田真央選手はおろか、銅メダルのラウラ・レピスト選手よりもずっと少なかったと報じ、さらに「ジャッジが見せた『えこひいき』はフィギュアスケートというスポーツの公平性をさらに失わせることとなった」とも報じている。『「配慮があったのは明らか」ヨナの銀メダルに中国メディアが疑問を呈す』
  52. ^ 真央、ニコルさんに振り付け依頼/フィギュア, SANSPO.COM, 2010年5月10日
  53. ^ 真央、ジャンプ専任コーチから指導, スポーツ報知, 2010年6月20日
  54. ^ 坂上武司「真央『すんなり入れる』 『仮面舞踏会』今季SPで 苦手克服へ慣れた曲」『朝日新聞』、2009年6月27日、第14版、第18面。宮崎薫「モスクワ発バンクーバー行き 真央 本格始動」『読売新聞』、2009年6月27日、第14版、第19面。
  55. ^ 『キャラクターブック 2008-2009』pp.7-8
  56. ^ 『2008-2009女子シングル読本』pp.7-11
  57. ^ 『ファンブック2009』p.88
  58. ^ 『2008-2009女子シングル読本』p.11
  59. ^ 「2005プリンスアイスワールド横浜公演レポート(2)浅田真央 はじめてのPIW 」@nifty:フィギュアスケート特集、2005年5月22日更新、2009年3月5日閲覧
  60. ^ 野辺山合宿後に変更したため、競技会では滑っていない。
  61. ^ 『little wings』p.135
  62. ^ 読売テレビ制作、日本テレビ系列全国ネットの『情報ライブ ミヤネ屋』2010年3月8日放送分より
  63. ^ 天皇・皇后両陛下が浅田真央選手にお声かけ 春の園遊会”. MSN産経ニュース(産経新聞. (2010-04-15). http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/100415/imp1004151734001-n1.htm 2010-04-15 閲覧。 
  64. ^ 真央、首相にお願い“仕分け”しないで!”. MSN産経ニュース(産経新聞. (2010-04-24). http://topics.jp.msn.com/sports/general/article.aspx?articleid=273481 2010-04-24 閲覧。 

関連項目

外部リンク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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国際スケート連盟(ISU)の主要な大会における日本人フィギュアスケート選手の成績(歴代メダリスト)をまとめた一覧。 ここでは大会当時日本スケート連盟に所属し日本名を持つ人物、大会当時または以前に日本国籍を有した人物、およびそれが不明な日系の姓を有する人物を掲載している。 ただし全てのメダリストの国籍を確認できているものではなく、ここに掲載されていない日本人メダリストがいることもあり得る。
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金妍兒
金 姸兒(キム・ヨナ、1990年9月5日 - )は、大韓民国フィギュアスケート選手(女子シングル)。 2010年バンクーバーオリンピック金メダリスト。2009年世界選手権優勝。2009年四大陸選手権優勝。ISUグランプリファイナル優勝3回。パーソナルベストはいずれもISUジャッジングシステムにおける女子シングル歴代最高得点。
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全日本フィギュアスケート選手権
全日本フィギュアスケート選手権(ぜんにほん-せんしゅけん)は、日本スケート連盟が主催するフィギュアスケートの日本一を決定する選手権大会である。
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