腕時計(うでどけい)とは、バンド(帯)によって腕に装着することができる小型の携帯用時計である。
場所を選ばず時刻を知ることを可能とする基本的機能のほかにさまざまな付加的機能を併せ持ったものが存在し、また服飾コーディネートの一部、あるいは社会的ステータスをあらわす装身具としての性格も備えている。そのためごく低価格の実用品から超高額品に至るまで、広範な価格帯の製品が流通している。
駆動方式は1980年代以降水晶発振計時のクォーツ式が主流である。しかし一方で電気動力を用いずぜんまい動力のみによって作動する旧来の機械式時計は高級価格帯を中心に根強い人気があるほか、世界的には電池入手が容易でないなどの理由から機械式の腕時計が専ら用いられている地域も存在する。
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腕時計の最古の記録はジュネーブの時計商(ジャケ・ドロー・アンド・ルショー)の1790年のカタログに記載されたものと言われている[8]。また、現存する最古の腕時計はパリの宝石商が1806年に製作した、時計を組み込んだエメラルドのブレスレットとされている。1810年には時計細工師のブレゲがナポリの王妃(カロリーヌ・ミュラ)のために、金髪と金で編んだベルトで腕に装着できる卵型の時計を製作している。このように宝飾品として製作された例は以前からあったがほとんどが一点物であり、普及したものはなかった。
腕時計が製品化された契機は、軍からの需要である。懐中時計を片手に砲撃のタイミングを計測していた砲兵が手首に懐中時計をくくりつけて使用する工夫から始まったとされている。ドイツ軍がこのアイデアの製品化を時計メーカーに打診している。1879年にドイツ皇帝ヴィルヘルム1世がドイツ海軍用としてジラール・ペルゴに腕時計を2,000個製作させたという記録が残っている。 [9]
オメガは世界に先駆けて1900年に腕時計を商品化し、1902年には広告を打っている。しかし当時は女性用懐中時計の竜頭位置を横に変えて革ベルトに固定しただけのものでデザインの無骨さから、一般に普及することはなかった。その後腕時計専用のケースとムーブメント開発が行われるようになったが、依然として男性用は懐中時計が主流で、腕時計は正式な存在とは見なされなかった。
腕時計として最初に普及したのは1911年にフランスのカルティエが開発した角形ケースの紳士時計「サントス」である。「サントス」の原型は、ルイ・カルティエが友人の飛行家、アルベルト・サントス・デュモンに依頼されて、飛行船の操縦に適した腕時計を製作したものであった。後年その洗練されたデザインがパリの社交界で話題となり、市販されるに至った。「サントス」はスポーツ・ウォッチの古典となり、21世紀に入った現在でもカルティエの代表的な製品の一つとして市販されている。
第一次世界大戦は腕時計の普及を促す契機となり、男性の携帯する時計は懐中時計から腕時計へと完全に移行した。戦後には多くの懐中時計メーカーが腕時計の分野へ転身した。
第二次世界大戦以前からの主要な腕時計生産国としては、懐中時計の時代から大量生産技術が進展したアメリカ合衆国のほか、古くから時計産業が発達したスイス、イギリスなどがあげられるが、後にイギリスのメーカーは市場から脱落した。アメリカのメーカーも1960年代以降に高級品メーカーが衰亡してブランド名のみの切り売りを行う事態となり、正確な意味で存続するメーカーは大衆向けブランドのタイメックスのみとなった。
自動巻腕時計とは、時計内部に半円形の錘(ローター)が組み込まれており、装着者が腕を振ることにより錘が回転し動力のぜんまいを巻き上げるものである。錘を仕込んだ自動巻機構自体は懐中時計用として1770年に発案されていたが、ポケットに収まった安定状態で持ち運ばれる懐中時計よりも、手首で振られて慣性の働きやすい腕時計に、よりなじむ技術であった。
最初の実用的な自動巻腕時計となったのはイギリスのジョン・ハーウッドが開発した半回転ローター式で、1926年にスイスのフォルティスから発売された。続いてより効率に優れる全回転式ローター自動巻がスイスのロレックスで1931年に開発され、同社は「パーペチュアル」の名で市販、オイスターケースと呼ばれる防水機構とともにロレックスの名を広めた。現在では全回転ローター自動巻が一般化している。
自動巻腕時計の多くは竜頭を用いてぜんまいを手巻きすることもできるが、構造を簡素化する目的で自動巻専用としたものもある。自動巻は装着されている限りぜんまいの力が常に十分に蓄えられているため、手巻き式に比べて精度が高くなる傾向がある。身に付けていない場合にはワインディングマシーンにセットしておくことでぜんまいを巻き上げる事が可能であり、機械式腕時計の収集家がこの種の装置を用いる例が見られる。
日本では1913年、服部時計店が国産初の腕時計「ローレル」を発売している。
第二次世界大戦後、日本の時計技術は着実に進歩し、カメラと並ぶ主要な輸出商品となった。1955年には国産初の自動巻腕時計「セイコーオートマチック」が発売され、その後も「グランドセイコー」、「シチズン クロノメーター」など、スイス製に匹敵する精度の国産時計が登場した。1964年には東京オリンピックの公式計時機器として海外メーカーを抑えセイコーが採用された。セイコーは電子計時を採用し、オリンピックで初めて計時に関してノートラブルを実現した。これを契機に日本製腕時計が世界的に認められるようになる。
日本の主要な腕時計メーカーは、電子計算機分野から参入したカシオ計算機を除くと、すべて懐中時計や柱時計の分野から参入した企業である。大手ブランドのセイコーとシチズン時計、カシオのほか、オリエント(吉田時計店)が業績不振から現在はセイコー傘下にて存続する。かつてはタカノが1957年から腕時計生産を行っていたが、中京圏に本拠があったため1959年の伊勢湾台風で大被害を受けて業績悪化、1962年にリコーに買収された。
機械式の腕時計には振り子の代わりとなるテンプが組み込まれており、その振動数が高ければ高いほど時計の精度は上がる傾向がある。並級腕時計のテンプは振動数が4 - 6回/秒のロービートだが、高精度型腕時計では8 - 10回/秒の多振動となっておりハイビートとも呼ばれる。現代の機械式時計のうちスイス製の多くはハイビートであり、また日本製でも上級品はハイビートが多い。ただしハイビート仕様とすると部材の疲労や摩耗が早まり、耐久性では不利である。
電池エネルギーで作動する腕時計はアメリカのハミルトンが開発し、1957年に発売した「エレクトリック」が最初である。これは超小型モーターで駆動する方式で、調速の最終段階には機械式同様にテンプを使っていたが、電源をトランジスタで整流して駆動力の安定を図っていた。ボタン状の小型電池を使う手法は、以後の電池式腕時計に踏襲されている。
1960年にはやはりアメリカのブローバが音叉式腕時計「アキュトロン」を開発した。超小型の音叉2個を時計に装備して、電池動力で一定サイクルの振動を得る。この振動を直接の動力に、ラッチを介して分針時針を駆動するものである。振動サイクルは毎秒360回とクォーツ腕時計登場の前では最高水準の精度であったが、ブローバが技術公開やムーブメント供給に積極的でなかったこともあり1976年には生産を終了している。
ブローバのアキュトロンに危機感を抱いたセイコーは、世界初のクォーツ腕時計(水晶発振式腕時計)を開発、1969年12月25日「アストロン」を発売した[10]。当時の定価は45万円で当時の大衆車よりも高価であった。
クォーツ腕時計は通常、発振周波数を計時設定上使いやすい32.768kHz(=215Hz)に調整された水晶を使用する[11]。
詳細は「水晶振動子」を参照
振動数の高さは圧倒的で、機械式はおろかブローバの音叉式「アキュトロン」をも遙かに凌ぐ高精度を実現した。この原理自体は第二次世界大戦以前に着想され、天文台等で使用する大型置時計は古くから存在していたが、腕時計に使えるサイズに超小型化したのはセイコー技術陣の努力によるものであった。
機械式やそれ以前の各種電池式に比べ圧倒的に誤差が少ないこと、セイコーが特許を公開したため各社が製造に参入し急速にコストダウンが進んだことからクォーツ腕時計は1970年代に市場を席巻した。これを「クォーツショック」と呼ぶ。
スイスのメーカーもクォーツ腕時計を独自に開発しており、セイコーの「アストロン」の発表後、まもなく製品化に成功している。 しかし1973年のオイルショックによる生産コストの上昇と国際為替の変動相場制への移行によるスイス・フラン高がスイス時計の国際競争力を奪っていった。日本製クォーツ時計の低価格化もあってスイスなどの高級機械式腕時計ブランドは壊滅的な打撃を受け、20世紀半ばまで全盛を誇ったアメリカの時計メーカーもほぼ全滅した。
同時期の1970年、アメリカのハミルトンからは世界初のデジタル腕時計「パルサー」が発売された。この腕時計では発光ダイオードを用いて時刻を表示した。デジタル腕時計は当初は極めて高価なものであったが、液晶表示の導入と可動部品が皆無な構造で大量生産に適するため低価格化が促進され、現代では一般にアナログ式より廉価な存在となっている。その後アラーム機能、ストップウォッチ機能など腕時計の高機能化が進む一方で低価格化が進み、かつて高級品であった腕時計は、子供でも買えるような身近な存在となった。
1980年代に入ると、精度ではクォーツに劣るものの熟練工によって作り上げられる機械式の腕時計の良さが再評価され始め、スイス製の高級機械式腕時計が徐々に人気を取り戻してきた。
クォーツ時計登場以降、欧州では機械式時計のメーカーやムーブメント製造を行う専門メーカーの再編と淘汰が進み、コストカットの観点から部品の製作・加工に自動化設備が導入され、世界的な規模でムーブメントの共有化が進んだ。その結果、スイスのエタがヨーロッパの機械式腕時計業界へのムーブメント供給で大きなシェアを占めるようになった。このため、高級ブランドは大衆ブランドと同型のムーブメントを共用しつつ、ケーシング(精度、仕上、耐久性、デザイン等を決定する最終組立)による差別化に技術とコストを集中できる状況となった。
一方でマニュファクチュールと呼ばれる、一部の特殊なパーツを除きムーブメントの開発・製造から組み立て、仕上げまでを一貫して行えるメーカーも存在する。
時計製造を専門としない無名のアッセンブリーメーカーがアジア製の廉価なクォーツムーブメントをやはり廉価なケースに収めて実売1000円 - 3000円程度の格安価格で流通させる事例は、1980年代以降の日本でも一般化した。この種の無名な廉価時計は中国などで組み立てられるものが多く、外観こそ粗末だが実用上支障ない精度と必要十分な防水性を備えているため、世界的に量販価格帯を席巻した。
このようにして手軽かつ高機能なクォーツ時計と、高級な工芸品・嗜好品の機械式時計という位置づけで棲み分けがなされるようになった。
スイス製の機械式腕時計が右肩上がりの成長を始めるのと同時に日本製のクォーツ式腕時計の業績は急激に悪化し、さらにアジア製のクォーツ時計との価格競争に敗れ、大幅にシェアを奪われた。しかも日本メーカーは自らが生み出したクォーツ技術により、1970年代以降世界的に認められていた機械式時計技術を持つ職人をほとんど失っており、苦境に立たされた。
セイコーは復権をかけ、高級機械式腕時計として1960年代に名声を博した「グランドセイコー」、「キングセイコー」を復活させるなど、機械式腕時計の開発に再度力を入れるようになってきた。また一方ではキネティックやスプリングドライブなど最新の技術を導入した新しいタイプの腕時計も投入している。また、新コンセプトの腕時計「スペクトラム」の発売も注目されている。
シチズンの「エコドライブ」は光発電によって駆動する。また外気温と装着者の体温の差を動力源にする「エコドライブサーモ」もある。
カシオ計算機は「腕時計は床に落とせばたやすく壊れる」という常識に反し、2~3階から落としても壊れないという耐衝撃性能を備えたタフな腕時計、G-SHOCK(Gショック)を1983年から発売した。このGショックはその頑丈さを買われ、過酷な状況にある湾岸戦争やイラク戦争などの戦場で兵士たちに愛用されていたという。
スウォッチは、安価なクォーツ時計に鮮やかな色彩、有名アーティストによるデザイン、少数限定販売という付加価値を与えることでユーザーの支持を集めた。
スイスの老舗メーカーであるユリスナルダンが2001年に発表した「フリーク」は新しい脱進機の導入により、潤滑油を不要としている。オメガはジョージ・ダニエルズが発明した「コーアクシャル」と呼ばれる新機構を導入し、機械式時計の心臓部である調速機構との動力伝達を果たす脱進機機構(アンクル爪、ガンギ歯)における摩擦の大幅な低減に成功している。さらに近年では「フリーク」「コーアクシャル」に追随するように独自の脱進機を開発したり、ガンギ車やアンクル、ヒゲゼンマイにシリコンや新たな特殊合金などの先端素材を採用したりして、オイルフリーや精度向上を目指す動きもあり、さながら脱進機革命とも呼ぶべき状況が生まれつつある。
標準電波を受信することにより、時刻を自動的に補正する電波式腕時計も発売され、2000年代に入ってから売れ行きを伸ばしている。電波時計は、基本的にはクォーツで時を刻むが、一日に数回、原子時計で管理された標準電波を送信局から受け取り、自動的に正しい時刻に修正するため、電波を受信できる環境にあれば誤差が蓄積せずいつまでも正しい時を刻むことができる。
時計付の携帯電話の普及により、手首の時計を見るのでなく、懐中時計のように携帯電話を取り出して時間を確認するという、20世紀初頭の時代へ逆行するような現象も一般化しつつある。
ムーブメントを水分から保護する仕様のケースを装備した腕時計を防水腕時計と呼ぶ。現在では一般に市販されている腕時計の多くが、何らかの防水仕様を備えている。
腕時計の防水機能は、「気圧」もしくは「水深 (m/ft)」で表される。基本的には、小雨に打たれたり日常の水仕事で水がかかっても大丈夫というレベルの「日常生活防水」(3 - 5気圧防水)、水泳や潜水などで着用する10 - 20気圧防水、そして本格的なダイビングに使用される潜水用腕時計(数百メートルから極端なものでは一万メートル防水も)までさまざまなレベルがある。 表示の見方については注意を要する。「3気圧防水」と言っても、「水深30メートルまで潜っても大丈夫」というわけではない。この気圧は、静止した状態でこの水圧に耐えられるという意味であり、水中で勢いよく腕を動かせば浅い水中でもこれ以上の水圧が腕時計にかかることになる。従って3気圧防水程度では水泳時に着用すると浸水する恐れがある。水深で表される場合には実際に表記どおり潜ることも可能な性能を持つが、メンテナンスを怠ると性能を充分に発揮できずに浸水する場合があるので、注意が必要である。
この種の時計は第1次世界大戦前後に出現しており、初期の発想としては、ガラスののぞき窓と竜頭操作用のねじ込み蓋を備えた別体ケースに腕時計を入れ、ケースごとベルトで装着するものがあった。これは防水性は確保できるがかさばって使いにくく、体裁も悪かった。
早い時期に近代的な防水構造を採用した代表例は1926年のロレックスである。オイスター社が開発した削り出しによる一体構造の「オイスターケース」方式を採用したもので、腕時計本体のケースにねじ込み竜頭を備え、従来よりコンパクトでスマートな防水時計を実現した。1928年にはロレックスを装着した女性記者メルセデス・グライツがドーバー海峡横断遠泳に成功、ロレックスの防水性を広く喧伝した。
ねじ込み式竜頭や夜光塗料を塗布した文字盤を装備し、水深100m以上の水圧に耐えられる「ダイバーズ・ウォッチ」は、1930年代に軍用向けに出現した。潜水時間を管理する安全上の理由からも夜光防水時計は必須だったのである。オフィチーネ・パネライのダイバー用大型腕時計はその初期の例であるが、本格的な普及は第二次世界大戦後である。1943年にジャック=イヴ・クストーが考案したアクアラング装置が戦後に広まり、スキューバダイビングが容易になったことが普及の契機と見られる。
ねじ込み式竜頭は原理自体は理想の方法だが、ねじ巻きや時間合わせで頻繁に竜頭を使うと摩耗して気密性が下がる弱点がある。それに代わる簡易な手段として裏蓋や竜頭部分のパッキンにOリングと呼ばれるゴムリングを使い防水性を確保する手法が広まった。リングの個数を増やせば気密性が高まり、またリングの老化で気密性が下がってもリングの交換で復旧できる。あわせてケース材質をさびにくいステンレス製とすることも一般化した。Oリング方式は第二次世界大戦中には連合国側で通常型の軍用時計に広く使われ、戦後は大衆時計にまで普及した。ねじ込み式竜頭と併用してより厳重に防水する手法も行われており、現在ではもっとも一般的な防水法である。だが初期のOリング式防水時計は現代で言う「日常生活防水」レベルの防水性能がほとんどであったため、日本でも大衆向け価格帯の分野に防水時計が出現した1960年代中期に、ユーザーが防水性を過信して着用したまま入浴や水泳を行い、水の侵入で時計を故障させるトラブルが続出したことがある。
一部のメーカーは耐久性の要求される時計について一種の多重ケース構造に近い手法とOリングの併用で気密性をさらに高める方法を採った。「オメガ・スピードマスター」はその代表例である。
美術工芸品としての腕時計もある。材料に金や銀などの貴金属をふんだんに用い、ルビーやダイヤモンドといった宝石を散りばめた華美な装飾品としての腕時計である。極端なものでは、風防に数カラットの大粒ダイヤモンドを用いるなど、数億円の腕時計まで存在する。
こうした時計では、クオーツ式ではなく機械式であることが多い。
時刻表示に加えてさまざまな機能を有するアナログ式腕時計のことを複雑腕時計あるいは単に複雑時計と呼ぶ。機械式腕時計のトゥールビヨン、ミニッツリピーター、永久カレンダーは評価が高く、非常に高価である。一方で永久でないカレンダー機能、サン&ムーン表示及び電子音の時刻音(リピーター、ソヌリ、アラーム)機能はこれに含めないことが多い。
詳細は「クロノグラフ」を参照
詳細は「トゥールビヨン (時計)」を参照
詳細は「リピーター (時計)」を参照
機械式時計と異なり、デジタル時計には精度が必要な時間計測、カレンダー、アラームといった機能が初期の段階から備わっていた。そのため各種センサー類を取り付けることによって、従来の時計とは異なる機能(気温、気圧測定、電子コンパスなど)が付け加えられた。
腕時計は利き腕と反対側の腕に着用することが多い。また女性の場合、盤面を腕の内側に向けて着用する例も比較的多いが、男性においては稀である。女性用腕時計は男性用腕時計に比べて小型に設計されている。中には必要以上に小型化されている例もあり、かつてはそのような婦人時計を「南京虫」と呼んだ。男性用サイズと女性用サイズの中間的なサイズの腕時計はボーイズサイズと呼ばれる。
なお腕時計成立の経緯から腕時計登場当初は懐中時計に比べて略式とみなされ、礼装時に着用しないものとされてきたが、現在ではそのようなことは言われなくなった。
腕時計が普及し始めたのは女性のアクセサリーとしてであり、ブレスレットに時計のケースを取り付けたものが原点である。それに次いで実用的な道具として腕時計は強度と装着感が要求され、革ベルトにワイヤーを通してワイヤーの両端をケース本体に溶接するスタイルが生まれた。しかしベルトの損傷時などに取り外しが不便であることから、バネ棒をベルトの接合部に通しておき、このバネ棒をラグにはめ込むスタイルが確立し、現代まで続くことになる。これと併行してコマをつないで装着感と強度を両立させたブレスレットも登場・発展していき、やはりバネ棒を介してラグにはめ込むスタイルが採用された。
ブレスレットの素材は比較的安価でメンテナンスが容易なステンレスが現在の主流である。その他金や鉄に鍍金したもの、チタニウムなどの金属がよく使用されている。まれに貝や骨、アクリル樹脂などのブレスレットも存在する。ブレスレットの形状には次のようなタイプと、特徴がある。
現在の主流は、ケースと同素材のソリッドブロックか、ロールブロックである。横へ単連から10数連まで、ブロック=コマをピンやネジで繋ぎ留める。コマ数が多いほど、可動部分が多いために柔らかで装着感も良く、豪華な外観になるが、コストや手入れのし易さ、強度などの理由で、3連から7連が主流である。人間工学を駆使した独自の形状により、装着感を向上させるなどの工夫を施すメーカーもある。
高級時計の場合、ベルトは伝統的に爬虫類、ほ乳類の動物の天然皮革が用いられる。一般論として、耐水性や見た目の豪華さで爬虫類の皮革が高級とされるが、装着感や安価という点では、ほ乳類の皮革が勝る。そのためカーフ革に高級感を持たせるために鰐皮のような紋様を型押ししたり、爬虫類系のベルトにカーフやラバーなどの裏打ちをすることが多い。いずれにしても表面は見た目の良い素材や部位を使用し、裏面は柔らかな素材や部位を用いて縫い合わせるのが一般的である。装着感を良くするためなめし方に工夫するメーカーもある。また、この縫い合わせの糸のカラーがデザインのエッセンスとなる場合もある。近年では人造皮革が採用される例もある。
ダイバーズなどのスポーツモデルでは耐久性を重視して単一成型のラバーやポリウレタンが用いられることが多い。
用語としては「尾錠」「クラスプ」とも呼ぶ、ベルトやブレスの留め金。一般的には、次のタイプが多い。
なお、金具にリリース用のボタンを設けたり、さらに小型の押さえ板を設けて、不意の脱落が起こりにくいようにするものもある。またバックル内に収納された板を引き出してブレスの長さを伸ばすことが可能な、エクステンション方式と呼ばれるものもある。
携帯電話の普及に伴ない腕時計をしない人も増えつつある。腕に時計は煩わしい・携帯電話の時間機能で十分など理由はさまざまである。
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