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蕉風

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蕉風(しょうふう)とは、松尾芭蕉を祖とする俳諧の流派である。正風とも書き、蕉門ともいう。

松尾芭蕉は、当初談林派の俳諧であったが、それまでの日本における詩歌を基にしながらも、日常的なものを素材とする独自の俳諧の流儀を生み出した。俳諧における蕉風の理念は、「侘び」・「寂び」・「しをり」・「ほそみ」・「かろみ」などの言葉で表される。

関連項目

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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松尾芭蕉
松尾 芭蕉(まつお ばしょう、寛永21年(1644年) - 元禄7年10月12日1694年11月28日))は現在の三重県伊賀市出身の江戸時代前期の俳諧師である。幼名は金作。通称は藤七郎、忠右衛門、甚七郎。名は宗房。俳号としては初め実名宗房を、次いで桃青、芭蕉(はせを)と改めた。蕉風と呼ばれる芸術性の高い句風を確立し、俳聖と呼ばれる。 芭蕉が弟子の河合曾良を伴い、元禄2年3月27日1689年5月16日)に江戸を立ち東北北陸を巡り岐阜大垣まで旅した紀行文『奥の細道』がある。
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俳諧
俳諧(はいかい)とは、主に江戸時代に栄えた日本文学の形式、また、その作品のこと。誹諧とも表記する。正しくは俳諧の連歌あるいは俳諧連歌と呼び、正統の連歌から分岐して、遊戯性を高めた集団文芸であり、発句連句といった形式の総称である。松尾芭蕉の登場により冒頭の発句の独立性が高まり、発句のみを鑑賞する事も多く行われるようになり、明治時代に成立した俳句の源流となる。時に作者個人の創作たる発句を完全に独立させた近代文芸の俳句と同一視される。専門的に俳諧に携わるひとを「俳諧師」と呼ぶ。 江戸期においては専業のいわゆる「業俳」が俳諧師と呼ばれていた。 本業があって趣味として俳諧を楽しむ人は「遊俳」と呼ばれ、遊俳は俳諧師とは呼ばれない。
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元禄文化
元禄文化(げんろくぶんか)とは、17世紀終わり頃から18世紀初頭にかけて、元禄時代(1688~1707)を中心として、主に京都大阪などの上方を中心に発展した文化である。特色として庶民的な面が濃く現れているが、必ずしも町人の出身ばかりでなく、元禄文化の担い手として武士階級出身の者も多かった。 上方から発生し朱子学自然科学古典研究が発達した。尾形光琳らによる琳派土佐派などが活躍、野々村仁清本阿弥光悦等による陶芸が発展、音楽では生田流箏曲地歌の野川流が生まれ、また義太夫節一中節などの新浄瑠璃や長唄が生まれた。
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宇和島の芭蕉の句(龍光寺)
再生回数:539回評価:なし提供:You Tube
  
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