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電撃戦

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電撃戦(でんげきせん、:Blitzkrieg - ブリッツクリーク)は、第二次世界大戦初期においてドイツ国防軍が、ポーランド侵攻ナチス・ドイツのフランス侵攻独ソ戦時にバルバロッサ作戦ブラウ作戦で、そしてソ連赤軍バグラチオン作戦でとった戦闘教義である。これは空爆の支援の下で機甲部隊に敵防御陣地を突破させる事により、敵に防衛線を再構築する暇を与えない戦法である。この成否は航空機部隊と戦車部隊の迅速かつ効果的な連携に関わっている。

目次

概要

電撃戦は当時の新技術を基礎とする戦闘教義であった。すなわち航空機が長距離砲の代わりとして敵の拠点を破壊、兵力の集中を奪い、攪乱・制圧する。次に無線通信を受けて戦車自動車化歩兵の諸兵科連合部隊が、敵が陣地防御を準備する前に突撃し、敵陣深くに侵入するというもので、この際、進撃する部隊は突破口の確保に兵力を使用せず、進撃速度を最大限に上げる。従来の戦法と最も異なるのは、指揮権の権限委譲である。現場指揮官は、従来の中央集権的な指揮系統に頼るよりも、自らの判断に従うよう奨励された。

この戦術は第一次世界大戦において塹壕戦により起きた消耗戦への対抗措置として考案され、内燃機関の進歩と攻撃の調整を可能にする可搬型無線機の開発により、1930年代初頭に実用化された。各国の軍人のうちナチス・ドイツハインツ・グデーリアンソ連ゲオルギー・ジューコフフランスシャルル・ド・ゴールなどはいち早くこの戦術に目を付けていた。第二次世界大戦後、イスラエルがこの電撃戦にならったオールタンク・ドクトリンにより第三次中東戦争までアラブ諸国に勝利を続けた。また、ベトナム戦争のサイゴン陥落に至る最終局面は事実上の電撃戦であった。

電撃戦で鍵となるのは、戦闘が拡大している間勢いを持続させるために、軍をより高度な意思疎通能力と指揮能力を持つ機械化部隊として組織することであった。この考え方の基礎となったのは、全ての戦力を敵前線のただ一点に集中させて、その後砲兵と歩兵によって穴を開けるという第一次世界大戦においても十分通用した方法、そして、従来の爆撃機への指令を司令部の要請からでなく、前線部隊の要請を中心とした近接攻撃に集中して、敵部隊に強烈な打撃を与える複合的行動であった。一旦前線に穴が開くと、戦車が侵入し前線の数百マイル後方にまで侵入できた。これにより攻撃側は敵の脆弱点(安易に破壊または破壊されると著しい損害を受ける地点)、つまり軽武装の兵站部隊、または前線司令部などの敵中枢を攻撃でき、敵の情報を遮断し補給を途絶、あわよくばそのままその戦線で勝利する事さえできた。この方法によれば、可能な限り戦闘を避けつつ、敵を混乱させることで小規模の軍で大規模な敵軍を撃破できた。

電撃戦では、いたずらに猛進するだけでは全ての防衛線を突破できずに行き詰まり、立ち直った敵軍により包囲される危険がある。したがって敵の戦意をくじくための準備をし、攻撃目標を明確にしておくことが欠かせない。何故なら、この戦法は敵戦力を撃滅する為でなく、あくまで敵の脆弱点を狙って混乱させる戦法であり、敵部隊は士気を除いて殆ど物理的損害を受けないからである。

電撃戦には欠点もあった。戦車を始めとする快速部隊のスピードに歩兵や後方部隊が追随できなくなり、補給が滞った快速部隊も進撃の停止を余儀なくされてしまうという事態が発生しかねないことである。これは補給部隊や歩兵を装甲車両化することが電撃戦に必要なことを示している。ただ、第二次世界大戦ではドイツ陸軍と言えど、機械化歩兵自動車化歩兵の部隊は少なかった。実際、電撃戦が初めて実施されたとされるフランス戦では、細く伸びすぎたロンメル機甲師団が連合軍機甲師団に反撃されてかなりの被害を受けたこともある。それでもドイツが戦車などの質で優っているフランス軍を破ったのは、フランスが時代が変わっていたにも拘らず、第一次世界大戦と同じ歩兵直協の思想で戦力(特に戦車)を広く分散させていた為、一箇所の戦力が脆弱だったことが大きい。また、フランスから見れば、侵入してくる敵の進路に交通インフラが整いすぎていたことも見逃せない点である。

現在では、すでに一般歩兵が機械化していることもあって、各国では電撃戦に代表される諸兵科連合の機動運用に様々な教義を生み出している。(例えば、エア・ランド・バトルや機甲師団の縦深攻勢など)

ドイツ対ポーランド戦

ポーランド侵攻#戦闘の詳細を参照。(厳密には殲滅戦を主体に電撃戦のエッセンスが盛り込まれた物だった)

ドイツ対フランス戦

ナチス・ドイツのフランス侵攻を参照。

ドイツ対バルカン半島

ユーゴスラビア侵攻を参照。

ドイツ対ソ連戦(バルバロッサ)

バルバロッサ作戦を参照。

ドイツ対ソ連戦(ブラウ)

ブラウ作戦を参照。

ソ連対ドイツ(バグラチオン作戦)

バグラチオン作戦を参照。

戦線の維持がやっとの状態のナチス・ドイツに対し、パルチザンによる後方撹乱・圧倒的な空軍力・赤軍伝統の砲の強さを含め、戦術の向上とともに無線など電撃戦に不可欠な装備を備えた上に兵力差を越えて犠牲をいとわない赤軍の電撃戦の前に、拠点確保・撤退禁止を命じられたナチス・ドイツ軍は各地で包囲殲滅され、驚くほどの短期間に開戦来の地を追われ、独ソ戦の帰趨を決する大敗を喫した。

関連項目

外部リンク

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