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静岡県(しずおかけん)は、太平洋に面する、日本の県の一つ。県庁所在地は静岡市。
2010年現在、都道府県別人口は第10位である。また静岡市と浜松市の2つの政令指定都市を有する。
目次 |
令制国の伊豆国、駿河国、遠江国の3国に相当する。このため、東西に広大な県となっており、東西で住民の意識が違ってくる。
このように地域によって差異は認められるものの、県民に根付く県のシンボルとして富士山(静岡県で立地する地域は富士宮市、裾野市、富士市、御殿場市、駿東郡小山町)や伊豆半島、駿河湾、御前崎といったものが挙げられ、県旗もそれらに基づいてデザインされている。
名目上の行政区分では、東日本、中部地方、東海地方、広域関東圏などに区分されている。また、名古屋圏や関東地方からも独立した地域として、「静岡(県)地方」とされるケースや、静岡県のみで東海地方とされるケースも存在する。
しかし、糸魚川静岡構造線を挟んで東側と西側に広い面積を占めているため、行政やその他諸々の区分では、これらとは違う区分に属することもある。
とりわけ、関東地方と中部地方の両方に扱われることがある。
安倍川が、糸魚川静岡構造線の南端に当たる。したがって、地質構造は、安倍川を境にして、東側と西側で全く異なっている。
太平洋側気候で温暖、降雪も少ないが、旧井川村と旧水窪町などの山間部は雪が多く豪雪地帯である。ケッペンの気候区分では大部分は温暖湿潤気候だが、富士山は最暖月の平均気温が6℃しかなく、ツンドラ気候となっている。
北部には富士山や赤石山脈といった3,000m級の山々がそびえ、ここからいくつか河川が流れている。東部は火山が多く、西部には台地が見られる。 また、金魚の形に似ているともいわれている。
(1) 静岡県全域を関東に入れる企業もあれば、(2) 静岡県全域を愛知県西部などと一緒で東海や中部に入れる企業もあり、(3) さらには静岡県全域で東海とする企業もある。(4) 特定の川で静岡県を分割する企業もあるなど、エリア区分は各社ごとに異なる。
企業のエリア区分は、それぞれの監督官庁のエリア区分を反映している物が多いが、基本的に静岡県が地域分類される場合、大まかに分けて次の4分類のいずれかが見られる。
伊豆半島は、本土の中で唯一フィリピン海プレート上にある。プレート境界上に富士山が形成されている。
※各地域ごとの歴史は「伊豆国」「駿河国」「遠江国」を参照すること。
旧石器時代には1960年~62年、静岡県西部の浜北市根堅(現浜松市浜北区根堅)において、約1万4000年前に生息の浜北人の人骨が発見された。2002年9月、科学的な測定法で確認された。
縄文時代には、1958年~60年、静岡県西部の三ヶ日町只木(現浜松市北区三ヶ日町只木)で、約7500~9500年前に生息の三ヶ日人の住んでいた遺跡が発見されている。また、約4000~6000年前のものとされる全国的に見ても大規模な集落跡である「千居遺跡」が静岡県東部の上条地区(現富士宮市)で確認されている。
弥生時代には、静岡市駿河区登呂で、弥生時代の水田、住居跡などが発見されている(登呂遺跡)。
記紀においては、ヤマトタケルが蝦夷征伐に赴いた時、駿河国でだまし討ちに遭う。その時に草薙剣で草を薙ぎ払って難を逃れたというヤマトタケル伝承が記されており、その地を「草薙」と呼んだ。また、賊を焼き払った野原を「焼津」と呼んだという。
律令制で中央集権国家が形成されるに従って、現在の静岡県内に有った国造は、伊豆国、駿河国、遠江国という3つの令制国に合併・再編された。
伊豆国は畿内から遠いために、流刑地の一つとされていた。一方で、駿河国には藤原南家の末裔(まつえい)の多くが住み着き、土着したようである。
伊豆国韮山に流刑された源頼朝が、韮山の武将北条時政と親しくなり、北条政子と結婚した。頼朝は1180年(治承4年)に兵を挙げ、その後の1192年に鎌倉幕府を樹立した。
南北朝時代に入ると、守護大名として、今川氏が駿河国府中(駿府)に入った。14世紀後半に入ると、今川氏は遠江国の守護職も兼ねた。
戦国期には今川氏親期に北条早雲らの力によって、一族の抗争を終わらせ、戦国大名への道を歩んだ。また、応仁の乱の後に、散逸した貴族達が多く逗留(とうりゅう)した。一方の北条早雲は、伊豆国の堀越公方を攻め滅ぼし、それを足がかりに関東の支配へ乗り出す。
駿府を本拠地として、駿河国、遠江国、三河国の3国を支配した今川義元が、桶狭間の戦いで織田信長に殺されると、今川氏は弱体化し、三河の徳川家康と甲斐の武田信玄によって、今川氏の領土は分断された。家康は岡崎から浜松に拠を移した。武田信玄が死んで武田勝頼の代になると、一進一退の攻防が続くが、長篠の戦いで敗北を喫すると、武田氏は勢力を弱め、徳川家康は、三河国、遠江国、駿河国の3国を支配する事になる。本能寺の変で織田信長が殺されると、それに乗じて甲斐国と信濃国を攻略し、5国を支配するようになる。
その後、豊臣秀吉が後北条氏を滅ぼすと、1590年には家康は駿府から江戸に移され、代わって駿府には中村一氏が入り、遠江国には掛川に山内一豊や堀尾吉晴が入り、それぞれ織田家の家臣が入った。
1603年、徳川家康が江戸幕府を開くと後継者の徳川秀忠に将軍職を譲り、家康は駿府において大御所政治を敷いた。江戸時代の伊豆国、駿河国、遠江国の3国(以下「豆駿遠三国」と略称)には、幕府直轄領や譜代大名の藩領、旗本領が入り組んでおり、伊豆国には韮山の代官江川太郎左衛門、駿河国には沼津藩の水野出羽守、田中藩の本田紀伊守、小島藩の瀧脇丹後守、遠江国には相良藩の田沼玄蕃頭、横須賀藩の西尾主計頭、浜松藩の井上河内守、掛川藩の太田惣次郎、堀江藩の大澤右京太夫といった具合に領主支配は複雑に変遷している。
近世には江戸日本橋から京都に至る東海道の宿場が整備されるが、豆駿遠三国には53の宿場のうち22宿が存在し、各地に宿場町が成立した。東海道は西国諸大名の参勤交代や朝鮮通信使・琉球使節も通行し、新居関所(今切関所)は箱根関所と並ぶ重要な関所として知られ、大井川では川越制度が整えられ、大井川徒歩が行われた。
近世には新田開発が行われ米麦や畑作物の生産が増大したほか、茶や椎茸、山葵などの特産物の生産も行われる。また、伊豆や駿河では金銀山での採掘が行われたほか、豆駿遠三国では林業が行われ幕府の御林も設置されていた。
近世後期には天命の大飢饉、天保の大飢饉などに際して豆駿遠三国でも凶作や飢饉の被害を受け、強訴や打ちこわし、百姓一揆が発生しており、明和元年(1764年)の駿河小島藩の惣百姓一揆、天明3年(1783年)の駿河御厨一揆、天明6年の遠江笠井・二俣騒動、文化13年の蓑着騒動などが発生している。
文化面では国学を創始した確立した荷田春満の弟子に浜松諏訪神社大祝杉浦国頭がおり、国頭は江戸において春満に学び、春満の姪を妻に迎え浜松で私塾を開き多くの門弟を育てた。そのなかには伊庭村の賀茂明神神職の賀茂真淵がおり、真淵は春満に国学の学問的手法を確立し、地元出身者を含む多くの門弟を育て、豆駿遠三国では春満・真淵との関わりから遠州国学が発達する。
幕末には嘉永6年(1853年)にアメリカ艦隊司令長官ペリーが日本との通商を求めて来航し、翌嘉永7年1月には下田・函館両港が開港する。下田にはアメリカ領事タウンゼント・ハリスが駐在し、安政5年に日米修好通商条約が締結されるまで、玉泉寺はアメリカ総領事館として機能した。また、嘉永6年にはロシアのプチャーチン艦隊も日本との通商を求めて来航し、同年11月1日には下田において幕府側全権と考証を行っている。11月3日には安政の大地震が発生しプチャーチン艦隊のディアナ号は沈没し、日本側では韮山代官江川英龍が主導し、戸田港において代船の造船を行っている。
江戸幕府が倒されて明治維新が起こると、1868年5月には、駿河国の天領・沼津藩・田中藩・小島藩・交代寄合の榊原家の久能陣屋、諸旗本領、遠江国の相良藩・横須賀藩・掛川藩・浜松藩・交代寄合の近藤家の気賀陣屋、諸旗本領が合併されて、静岡藩(70万石)が設置され、徳川将軍家の徳川慶喜が入った。同年6月、伊豆国(旧韮山代官領)の地域に韮山県が成立した。同年9月、旧堀江陣屋(5600石、申告1万6石。今の浜松市舘山寺地区)が堀江藩に昇格した。そして、1869年には、駿府は静岡に改名された。
1871年8月29日の廃藩置県では、静岡藩は静岡県に置き換わり、堀江藩が堀江県に置き換わった。同年12月31日には、当時の静岡県は分割され、駿河国部分が静岡県となり、遠江国部分は浜松県となった。堀江県は浜松県に編入された。韮山県は、荻野山中県や小田原県と合併して、足柄県となった。
しかし、1876年4月18日には足柄県が分割され、相模国部分は神奈川県に編入され、伊豆国部分は静岡県に編入された。そして、同年8月21日になると、浜松県が廃止されて静岡県に編入された。1878年には、伊豆諸島が東京府(現在の東京都)に編入された。
このように、伊豆国、駿河国、遠江国の3国が、1876年に行われた県の合併によって、現在の静岡県となった。
| 静岡県と全国の年齢別人口分布 | 静岡県の年齢・男女別人口分布 | ||||||||||||||||||
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■紫色 ― 静岡県
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
静岡県庁では、「住んでよし、働いてよし、訪れてよし」の「富国有徳の日本の理想郷」を創るための施策に取り組んでいる[1]。「富国有徳」は、前知事石川嘉延の県政キャッチコピー「富国有徳――しずおかの挑戦」にも現れるが、これは現知事川勝平太の著した『富国有徳論』(1995)[2]の思想に賛同したもの。
詳細は「川勝平太#富国有徳」を参照
静岡県のイメージキャラクターは「ふじっぴー」(2003年開催 NEW!!わかふじ国体マスコットキャラクター)である[3]。
詳細は「静岡県知事一覧」を参照
「しずおかネットテレビ」は静岡県が運営するインターネットテレビ放送である。知事記者会見、県庁ミニ情報、県政ニュースなど7系統のチャネルを用意して県政の広報に努めている[4]。
※本社を置く企業は「Category:静岡県の企業」を参照すること。
第二次産業の割合が高いが、緑茶やみかんに代表される農業やマグロ・カツオ・桜エビなどで有名な漁業、伊豆半島・赤石山脈(南アルプス)・浜名湖などの観光等のサービス業も盛んである。
富士川を境に県の東部のみ50Hz(ヘルツ=東京電力管轄)。その他は60Hz(中部電力管轄)。新潟県の佐渡島、糸魚川市の一部や長野県の一部で電源周波数が県の大半と異にする地域があるものの、同一都道府県内で電源周波数が東西に大きく二分されるのは本県のみであるため、電気の分野では富士川がよく知られている。
テレビCMも、東京電力と中部電力、両方が放送されている。
浜松市北部の佐久間ダム近傍に、東西の電力を相互に融通するための佐久間周波数変換所がある。 また、静岡市清水区の中部電力東清水変電所内に同様の目的の東清水周波数変換装置(FC; frequency converter)が建設中であり一部稼働している。
静岡県内では、静岡ガス系やザ・トーカイ系、中部ガス系を中心として、複数の業者が地域を分けてガス事業を行っている。静岡県内の主な一般ガス事業者は次のとおり。
※詳細の地域区分は「静岡県の地域」を参照すること。
静岡県は、富士川と大井川を境として、東部、中部、西部の3地域に区分される。東部はさらに狭義の東部と伊豆に分けることもある。ただ富士川より西にあり中部であった旧富士川町が2008年11月の富士市に編入されたことで富士川による境は実質なくなってしまい、県庁による地域区分でも必ずしも川が境界線とは限らない場合がある。
静岡県内には以下の23市8郡14町がある。村は旧龍山村が浜松市と合併したことにより2005年6月30日をもって消滅した。
「町」の読み方は、森町のみ「まち」で、それ以外は「ちょう」。
旧駿河国のうち富士川以東、および伊豆諸島を除いた旧伊豆国に相当する。市外局番は0544、0545、055または055Cであり、郵便番号は41から始まる。自動車のナンバープレートはかつては全域で「沼津」であったが、2006年10月から伊豆地域(上記「伊豆」エリア)でご当地ナンバーの「伊豆」が、2008年11月からは富士市、富士宮市、御殿場市などで「富士山」が導入されてからは、新規で沼津ナンバーを配布しているのは、沼津市と駿東郡清水町、長泉町のみである。
旧駿河国のうち富士川以西と、旧遠江国のうち牧之原台地以東に相当する。市外局番は054または054Cであり、郵便番号は42から始まる。自動車のナンバープレートは「静岡」である。
現榛原郡域を除く旧遠江国に相当する。市外局番は053または053Cであり、郵便番号は43から始まる。自動車のナンバープレートは「浜松」である。
浜松市南部、湖西市、浜名郡を西遠として、浜松市北部を北遠と区分することもある。
ただし例外がある。
静岡県を巡る道州制の区割り案について、地方制度調査会(所在地:東京都区部)は、9道州案では中部州、11道州案や13道州案では東海州に含まれるとしている。また、国土交通省の広域地方計画では、静岡県は中部圏に含まれるとしている。ただ西部を除く地元住民の多くは道州制で関東入りを望んでおり、特に東部では国政への発言力増大のため、静岡県東部 政令指定都市構想が出される等動きが活発であり、今後の動向が注目される。
東海道の沿線として、古くから関東地方と近畿地方とを結ぶ大動脈が整備されて来た。特に浜名湖畔は、首都圏(東京・鎌倉)と畿内(大阪・京都・奈良)から等距離に位置している。
※ 伊東線全線と東海道本線(在来線)熱海駅は東日本旅客鉄道の管轄。他のJR線は東海旅客鉄道の管轄。
このように東西に新幹線などの幹線級の鉄道が敷かれており関東、中京、関西を結ぶ大動脈として整備されているが、反面通過点としての意味合いしか持ち合わせておらず大都市圏程の流通はない。現に東海道新幹線では『のぞみ』が県内の全駅を通過している現状もある。
※ このほかの詳細は「静岡県の県道一覧」「中部地方の道路一覧」を参照すること。
全国紙は基本的に東京都もしくは神奈川県、愛知県の工場で印刷して静岡県に輸送している物が多い。いずれの新聞も、紙面のうち1~2面程度の広さを静岡県内記事(静岡県版)に割いている。静岡県版は、静岡県東部版、静岡県中部版、遠州版の3つに分けられているが、支局の表示は3つとも同じである。
全国向けスポーツ紙は、東京都もしくは神奈川県で印刷して静岡県内に輸送している。紙面の一部を静岡県版として割いている物が多い。
ごく狭い地域のみで発行される新聞、タブロイド版のものが多い。
静岡県内を放送範囲とするテレビ放送の免許を持っているのは次の5つの放送局。日本平(日本平デジタルタワー、日本平テレビ・FM放送所)を親局としている。
いずれの局も静岡県内のみを放送範囲とするいわゆる県域放送局である。いずれの局も全県で受信可能。SBSとテレビ静岡はアナログ放送に限り、大井川以東と大井川以西で別々の放送免許を持っているため、地域ごとにCMを差し替えるなど別編成の放送が可能である。また、NHKも、大井川以西の地理的・地域的事情を考慮して浜松放送局を開局させたが、浜松局の独自放送はほとんど行われず、機構改革の際に静岡放送局へ統合された。現在は、静岡放送局の支局として、報道取材拠点や資料センター、および中継局の役割を持っている。
県外テレビ局は、富士川以東では関東広域圏・神奈川県域局の放送電波を、大井川以西では中京広域圏・愛知県域局・三重県域局の放送電波(岡崎市にある豊橋中継局・津市にある津テレビ・FM送信所)をそれぞれ受信可能な場所もあるが、本来の放送エリアではないので受信の可否や受信品質については地形その他の条件により大きく違う。
浜松市以西の地域は本来浜松中継局がカバーするエリアであるが、浜松局は県境に比較的近い位置にある大規模局であるため、免許区域外への電波の漏洩(ろうえい、スピルオーバー)を抑えるため、西方向への電波強度を抑えられている。そのため湖西市など一部地域では愛知県の放送のほうが静岡県の放送より受信しやすい環境にあり、また愛知県との結びつきも比較的強い地域であるため、本宮山にアンテナを向けている世帯も多い。また本宮山の電波は磐田市、御前崎市辺りまで受信可能であるとの情報も一部Webサイトで見ることができるが、これら地域では日常的に視聴するには電波強度が弱く、また愛知県との結びつきもそれほど強くない地域のため、テレビ東京系の放送を視聴する目的で受信する程度である。
いっぽう県東部・伊豆東海岸はもともと首都圏との結びつきも強く、東京タワーからの電波を視聴可能な世帯や、ケーブルテレビによって首都圏の放送を受信している世帯が多い。
放送電波をアンテナで受信不可能な地域であってもケーブルテレビに加入することで受信可能になるが、一部のケーブルテレビ局は静岡県の放送局に配慮して、系列のないテレビ東京またはテレビ愛知、独立局であるテレビ神奈川などを再送信する。ただし、地上デジタル放送では現在ケーブルテレビ局での再配信について、地元局ならびにキー局が再送信不同意の姿勢をとっている(法的拘束力はない)ため、受信はできない。そのため、一部ケーブルテレビ局ではあるが、地上デジタル放送の区域外再配信が行われているのはNHK東京(首都圏広域放送)とTOKYO MX・テレビ神奈川しかないのが現状となっている。それに対し総務省は「情報の選択は視聴者の自主性が尊重されるべきであり、放送事業者が一方的に決定・制限できる事項とは認められないという大原則を打ち出しており(詳しくは「区域外再送信#難視聴地域問題対策から全国一律化の動き」を参考されたい)総務大臣の裁定が行われた場合区域外再送信が許可される可能性が非常に高い。 2011年の地上デジタル放送完全移行を目途に、テレビ東京系の新局の開局もしくは、テレビ愛知が静岡県へ放送対象地域を拡張する計画がある(宮城県、広島県も同様)。これが実現すると、静岡県全域で民放5系列のすべてを視聴できるようになる。
この外に、場所によって首都圏、山梨県、長野県や愛知県の放送も受信可能。また、西部の一部地域ではエフエム豊橋が聴取可能。
伝統的に公立小・中学校が義務教育の中心を担っており、地域の公立小中学校への進学者が多い。
自由な校風を特徴とする国立小・中学校や学力指導・生活指導が充実している私立小・中学校も従来から一定の支持を得ていたが、近年、都市部を中心に公立小・中学校に不満を持つ保護者が増え、国立・私立校の人気がさらに高まっている。学校側も、特に私立校においては少子化時代の生徒確保を意識して高校に小・中学校を併設する動きが出ている。教育内容についても、例えば小学生の英語教育で全国的に有名な加藤学園暁秀初等学校など、公立とは異なる特色ある教育を行っている。
県内の高等学校については、静岡県高等学校一覧を参照されたい。
伝統的に旧制中学校を前身とする下田北高(2008年に下田南高と統合し下田高となる予定)、韮山高、沼津東高、富士高、清水東高、静岡高、静岡市立高、藤枝東高、榛原高、掛川西高、磐田南高、浜松北高、浜松西高の各公立高校が地域の進学校とされている。
私立高校についても、浜松日体高、日大三島高、東海大翔洋高などの大学付属高や、静岡雙葉高、不二聖心女子学院高などの中高一貫女子校、中高一貫男子校である静岡聖光学院高といった特色のある高校が存在し、優秀な人材を輩出している。
県内にある大学については「Category:静岡県の大学」を参考にされたい。
入学希望者に対し県内の高等教育機関が不足しているため、県内の高校生は県外に進学する者が比較的多い。県内に大手企業の本社が多いこともあって、Uターン、Iターン就職者が比較的多い。
6年制課程または専門職大学院としては、医学部が浜松医科大学、薬学部が静岡県立大学、法科大学院が静岡大学にそれぞれ存在する。
近年では、静岡県内の市町村は、映画やドラマのロケ招致に取り組み、多くの撮影が行われている。
※この他、サザエさんで、サザエの母親・フネの実家が静岡にある設定とされている。
一般的に伊豆半島を舞台にした作品が多い。
その他、富士山麓にある田貫湖などで、富士山をバックとした撮影が行われている経歴がある。
その他、浜松市中田島砂丘でPV撮影多数、大井川鐵道で映画・テレビ・CM撮影実績多数あり。
公式
観光
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