| MASAYA | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 倉渕 透(くらぶち とおる) |
| 出生 | 1957年12月13日(52歳) |
| 出身地 | 日本,東京都港区元麻布 |
| ジャンル | ヒーリングミュージック |
| 職業 | 音楽プロデューサー 作詞家・作曲家 |
| 活動期間 | 1995年 - 現在 |
| レーベル | HEALING WORLD |
| 共同作業者 | David Campbell Derek Nakamoto 吉田弥生 渡辺俊幸 朝川朋之 ダニエル・コビアルカ 鈴木智雄 |
| 公式サイト | http://masaya.hw-ch.com/ |
MASAYA(マサヤ、1957年12月13日-)は、東京都港区元麻布出身の作詩・作曲家、ヴォーカリスト、プロデューサー。 与論島 プリシアリゾートの創設者。 本名:倉渕 透(くらぶち とおる)。
目次 |
法務省勤務(後、東京地検勤務)の厳格な父の元、育てられる。 アイドル歌手としてデビューし、長嶋とおるの芸名(JASRAC登録)でアニメのイメージソング「荒野の少年イサム」(長嶋とおる・クラウン少年合唱隊名義)や「高校一年生」(長嶋とおる名義)等を歌うがヒットに恵まれず、在籍していた堀越学園芸能コース(現トレイトコース)を中退。その後、明大付属中野高校に転入。18歳の頃より作詞・作曲家としての活動に移行。青年期にはリゾート開発に関わり、27歳の頃、東証一部の株式会社ミサワホームグループ(現リゾートソリューション株式会社)に入社、取締役に就任する。1988年にはミサワリゾート株式会社に社名が変更された後も活躍したが、バブル景気後退に伴い、リゾート計画が頓挫する。1990年に独立し、事業家として会社を設立するが倒産。その後、自己啓発セミナー主催会社「株式会社レムリアアイランドレコード」(現株式会社ホームオブハート)が行っていた自己啓発セミナーのメイントレーナーを勤める。本人も複数の「自己啓発セミナーを受講した事があると語っている。「株式会社レムリアアイランドレコード」の代表であったと言われているが、代表取締役は故松田賀江(のりえ)氏(1997年没)であり、MASAYAは役員や代表などは兼任していない。 2004年4月、栃木県那須町にあるホームオブハート施設内及び株式会社トシオフィス(黒磯市(現那須塩原市)代表取締役出山利三)事務所にて乳幼児に適切な養育が行われていない、また、就学年齢の児童等を就学させず、施設内で深夜まで無報酬で労働させているとして児童虐待で告発され、児童相談所が子供たちを保護した。保護された子供たちの親は全てホームオブハートや株式会社トシオフィスのスタッフであり、多くのスタッフが子供を連れホームオブハートの施設内に住み込んでいたとされる。2005年、児童虐待の刑事告発に対して、宇都宮地方検察庁から嫌疑なしの不起訴処分の決定が出る。また、株式会社ホームオブハートが行っていた自己啓発セミナー(MASAYAがトレーナーとて参加したとされている)を受けた元受講者等が起こしている「消費者被害事件」(ホームオブハート事件)の個人被告人の一人である。訴訟された件数は複数あり、現在も係争中である。一部訴訟に関しては2009年5月 最高裁にて株式会社ホームオブハート 現代表取締役会長、現代表取締役社長の2名及びMASAYA、WANKUないし守谷香(TOSHIの元妻)が敗訴となっている。
2010年、ホームオブハートは被害者に和解金を支払い、事実上全面的に敗訴した。
※その他、皇室アルバムや「北の国から」特集番組の、「生きもの地球紀行」、「奇跡体験!アンビリバボー」のBGMとして使用された。